2020年8月17日月曜日

TAKE IT LIKE A MAN - 和訳 ボーイ・ジョージの自叙伝 第七章

TAKE IT LIKE A MAN - 和訳 ボーイ・ジョージの自叙伝 第七章



第七章、Chapter7では、ジョージ少年は14歳に成長しています。
そろそろ子どもの時期が終わり、思春期を迎えつつあります。

前回から1年間空きましたが、性懲りもなく続けます。


チャプター6はこちら


CHAPTER 7
第七章


母さんは何年間も、より大きな家に住むため、公営住宅に申し込みをし、待機リストに名を連ねていた。

(訳注:イギリスでは、地元の議会を通じて、公営住宅の募集へ申請し、待機リストに載る手続きを取る。)

母さんは、地元の議員たちを手紙と電話攻撃で苦しめた。
父さんもまた然り、同じことをしていた。

母さんは、抗議として家賃の支払いを止め、そのお金は普通預金の口座へ貯金していた。
地方議会は、僕たちを立ち退き処分で脅かしてきた。


母さんは開き直って好戦的だった。
この攻防は、結局、地方議会が折れる形で終結し、僕たちに新しい家を提供してくれた。

議会が新しい住所を送ってくれたとき、母さんは僕たちに新しい家を見に行こうと言い出した。
新しい家は、オックスリーズ・ウッドから2~3マイル(:3~5キロ)離れた、シューターズ・ヒルのてっぺんにあった。

僕は、毎日どれだけ歩かなきゃいけないのかと、うめき声をあげた。

僕たちが正しい番地を見つけ、新しい家を前にして、その大きさに驚きのあまり立ち尽くしてしまった。
「まさか!」

僕が窓台へ登り、窓から伺える家の内部を、細かいところまで説明した。
それでも信じられなくて、まだ僕たちは、また何か間違いをしでかしたのではないかと考えていた。

ガラス張りのドアの玄関口の上には、「ザ・クレストTHE CREST」と刻まれた、 巨大な石のアーチがあった。
それは、ブラックヒースにあった、僕が何年も憧れていた家のようだった。

この家でも僕は、自分だけの部屋をもてなかったけれど、1974年の9月に引っ越してきて、僕たちはとても幸せだった。
新しい家には4つの寝室があった。

1つは父さんと母さんの、1つがリチャード、1つがシオバン、残る一部屋にデヴィッド、ジェラルド、ケヴィンと僕が押し込められて、まだまだ僕たち兄弟は窮屈だった。
まだまだ窮屈だった。

僕は洋服ダンスをパーテーション代わりにして、自分の場所を確保した。
それから、僕の場所だけオレンジと、チョコレート・ブラウンに色を塗り、銀色の電球が付いた、キノコ型のランプを置いて、デヴィッド・ボウイと、Tレックス、デヴィッド・キャシディの写真を、壁一面に貼り付けた。


弟のジェラルドが、僕に敵意を向けていることを、ひしひしと感じていた。
それを僕はからかった。
「お前はケチ臭いやつだな。来いよ。殴りたきゃ、殴ってみろよ。」

僕たち家族は、夕食の席でいつも何か話し合っていた。
僕は、会話には加わらず、自分の分の夕食をトレイに載せて二階へ上がり、一人で食べた。

ジェラルドは僕に言った。
「お高くとまりやがって。僕たちより自分が一番出来がいいと勘違いしてるんだ」
「ほっとけ、パキ」
(訳注:「パキ」はパキスタンからイギリスへの移民を指す。蔑称なので、悪口に使われている)


僕は考えた。
ひとつは、不安を感じてひるむこと。
もうひとつは、優位をとって、見下す事。

僕は、ジェラルドを見下す方を選んだ。


ちょうどその時、僕は服にアイロンをかけて、出掛ける仕度をしていたんだ。

ジェラルドは、壁からアイロンのコンセントを何度も抜いて、しつこくアイロン台をガタガタ揺らしたものだから、とうとう僕は堪忍袋の緒が切れてしまった。

それで、ペンキの入った缶を手に取るや、ジェラルドめがけて投げつけた。
ペンキの缶は、母さんの買ったばかりのアキスミンスター絨毯の上で、盛大に塗料をまき散らしながら、派手な音を立てて転がった。
(訳注:アキスミンスター絨毯とは、機械織りの高級じゅうたん)


僕は予想外の被害に、泣き叫んだ。

ペンキが乾いて取れなくなる前に、僕とジェラルドは家中を走り回ってタオルを掴むと、必死に拭き取り続けた。
掃除機で、塗料を吸い上げようともしてみた。

無情にも、掃除機は詰まってしまった。

さらに悪いことに、カーペットの上を歩き回ったものだから、塗料はあちこちに広がってしまった。

およそ20枚もの、真新しくて良いタオルを、僕たちはダメにしてしまった。

この大恐慌の真っ最中、僕は玄関のドアガラスの向こうに、父さんの影を目の端で捉えてしまった。
固まる僕の耳には、否応なしに父さんの咳をする、かすれた音が飛び込んでくる。

分かっている。
僕は父さんに殺されるんだ。
きっと、父さんは僕を殺すに違いない。

恐怖が頂点に達した時、僕は裸足のまま駆け出していた。
勝手口を抜け、フェンスを乗り越え、凍てつくような寒さの中、僕は走りに走った。
そのまま1マイル(約1.6キロ)ほど走り、ようよう見つけた電話ボックスに身を隠した。

2、3時間くらい経った頃、行き詰まった僕は、恐るおそるコレクトコールで家に電話をかけた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」

電話に出た父さんは風邪声で、時折咳き込んでいた。
「すぐに帰りなさい。お前を悪いようにはしないから」

それなのに、母さんは無慈悲だった。


僕が投げた塗料は掃除されたけれど、あちこち変な風に色が残っている。
この変わった塗装は、ペンキ缶を投げるとどうなるかを教え、まだやらかす前に気付くきっかけとなり、僕たちはこの教訓を忘れることはなかった。



年上のケヴィンは、自分はもう大きいからと考えたのか、僕にあれこれ口出しできると思っていた。

僕が音楽を聴いている時、ケヴィンは僕の背後に忍び寄り、イヤホンを引き抜くなり耳元へ大声で「おい!」と叫んだ。

僕がテレビを見ながら、たまごとフライドポテトをつまんで楽しんでいた時も、ケヴィンは友達と一緒にどやどや部屋に入ってきて言った。
「なに食ってんだよ。もう晩飯前だろ?父さんと母さんが良いって言ったか?」


僕はケヴィンに、偉そうに威張るのをやめてくれ、と言った。
「誰も感心しないよ」とも。

ケヴィンは僕を小突いた。
僕は手にしていたフォークで彼を刺し、肘を回してケヴィンを締め上げた。

フォークはうまいこと急所を刺して、ケヴィンは床の上を悶え苦しんで転がった。
「ジョージが刺した、ジョージが刺した」

僕は二階へ駆けあがり、トイレに鍵をかけて閉じこもり、ケヴィンが階下へ降りるまで聞き耳を立てていた。



僕はいつも、タイミングが悪いときに大口を叩き、よせば良いのに誰かの会話へ口をはさんでは、トラブルを引き起こしていた。
父さんと母さんが、言い争っている時に、それをやってしまっていた。

僕の最大の欠点のひとつに、いつ口を閉ざすか分からない、というのがあった。
僕は空いた時間を、母さんと一緒に買い物をしたり、福祉事務所で過ごしたりした。

僕は目に付いた人々を、余すことなく批評した。
「ひどい格好。クズ女。不細工ビッチ」

母さんは僕を叱った。
「いい加減にお黙りよ。お前がよそ様に対して、ひとつでも褒めたことがありゃしないったら」

母さんは正しかった。
僕は、自分が異質だと分かっていた。
独りで戦っていて、世間の全方位を敵に回して、勝手に反抗していた。


父さんは、僕が口答えするのに良い顔をしなかった。
特に、僕の意見が正しかった時は。

父さんは自分だって出来もしない振る舞いを、僕たちがする様に求めていた。

僕たちがなぜ父さんの求める態度や、振る舞いが出来ないのか、弁解の余地も、原因も考えずに、「父さんが言っただろ」のたった一言で、出来るように強いられた。

僕は聴こえないような小声で「ブタ」と言った。
もし、父さんの耳に入っていたら、僕は容赦なくぶっ叩かれていただろう。

僕は叫びながら家を飛び出した。
「父さんなんか嫌いだ、父さんなんか大っ嫌いだ!」

僕は家に帰るのが怖くなってきた。

きっと第三者が見たら、父さんが八つ当たりするのに備えて、僕に黙っておくようにアドバイスすると思う。

僕は父さんをお茶に誘うことはそんなに多くなかったけれど、お茶を一緒に飲むのは、僕たちと父さんが話をするお決まりの方法だった。
父さんがいるだけで、そこは緊張した空気が流れていた。

父さんを怒らせるのは、何が引き金になるのか、誰も確信が持てなかった。
仕事でうまく行かなかったのか、或いは、まだ終わらせていない仕事があるのか。



ある日、僕はポルノ雑誌を建築現場のスキップで見つけた。


▼参考画像「スキップ」
大きな鉄の容れ物で、粗大ごみや廃材を入れておく。




父さんがそれを見つけて、わざわざみんなの前で、その雑誌を広げたんだ。
たぶん、僕に恥をかかせようとしたんだと思う。

僕は父さんを罵った。
「ほっとけよ。父さんの曲がった根性が大っ嫌い」

父さんは僕を二階まで追いかけて、トイレのドアを激しく叩き始めた。
「出てこい!」

ついに父さんは拳でドアをぶち抜き、乱暴にドアを引き開いた。

僕は父さんの横を、走って通り抜けようとした。
父さんは腕を大きく横に広げて、僕を捕まえた。

そのはずみで、僕はつまずいてしまい、そのまま階段を転がり落ちた。
勢いもそのままに、階段下に置いてあるラジエーターに、頭を強かに打ち付けてしまった。

僕は叫んだ。
「父さんがやった事を良く見てよ!」

僕は顔に、頭から血が溢れて、頬を伝うのを感じていた。

父さんはパニックに陥った。
「すまん、せがれ。すまなかった」

僕は裸足のままドアの外へ飛び出して、女友だちのルースの家へ駆けこんだ。
端から見れば、僕は車に轢かれたように見えたにちがいない。

ルースのお母さんは離婚していて、気前が良い人だった。
ルースのお母さんは、一連の出来事に憤慨してくれ、ここにいて良いよ、と言ってくれた。
結局、僕は四日間、ルースの家に隠れていた。

もう家には帰りたくなかった。

どうやったのか、母さんが僕がここに隠れていることを突き止めて、見つかってしまった。
僕は母さんに、二度と父さんが僕に手を上げない、と約束しない限りは、ぜったい家には帰らない、と訴えた。
その時の僕は、もう14歳で、赤ちゃんのような扱いを受けるには大きすぎたけれど。

父さんは電話で、ひたすら僕に謝っていた。
だから僕は、シューターズ・ヒルの我が家に、おっかなびっくりだけど帰ったんだ。
本当に父さんは、自分の言った言葉を守って、二度と僕に手を出すことは無かった。

大声で怒鳴り散らしたり、がなり立てるのは続いたけどね。

僕は、出来るだけ父さんの邪魔にならないように、家の外で過ごした。
友だちの家に入り浸ったり、大きな家を見ながらブラックヒースを歩き回ったり。

ウィンドウショッピングもしていたな。
自分だけの「買いたいものリスト」を想い描いて、家具屋の窓から展示品を見入ったりしていた。

僕はお金をたくさん稼いで、母さんが本当に欲しい家を買おうと考えていた。
何もかも完璧に、建築家のガラクタなんか一つも置かずに。

父さんは、長い間穏やかではいたけれど、だからと言って、仲良くしたり、気を許すのは難しかった。

父さんの愛情表現ときたら、頑固で偏屈で、しかもいつも気が狂ったように爆発したあとにしか見せなかったから。

父さんが何気なく、僕の身体に腕を回そうとしたとき、僕は怯えた犬のように縮みあがる始末だった。
だから、どんなに他意が無かったにしても、誰かが僕にふれるのを避けるようになっていた。

もし、友達と一緒に道路を歩いている時に、友達が僕に近寄り過ぎてしまったら、僕は動揺してしまい、いつも身を引いて離れていた。
「僕にさわらないで、さわっちゃダメだ」



僕は、努めてストレート(異性愛者)であるかのように振る舞っていた。

肉体関係にはならなかったけれど、僕には彼女がいた。
ローラ・マックラハランが、最初の公認の彼女だった。

金色の髪を小さく束ね、舌足らずで、隣の学校のエルタム・ヒルに通っていた。
ローラは僕を校門の外で待っていたくれた。

多くの『お盛んなクソ野郎ども』は、彼女に恋をした。
そいつらには、ローラが僕の中に何を見出したか、なんて理解できないだろうね。

僕とローラは手をつないで歩いた。
彼女はすごくかわいくて、僕をいじめた奴らよりも、僕は一歩先を行くような気分だった。

ローラは「チャーリーズ・エンジェル」の一人に似ていて、外にはねたフリンジのハンドバッグ ― バッグの口からは、金属の櫛が突き出ている ― を持っていた。


▼参考画像「チャーリーズ・エンジェル」取り敢えず70年代のもの。





僕は、4つボタンで、ハイウエストで、裾が広がったズボンを履き、アクリル繊維のグリーンで、タック・ネックのシャツを着て、裾はズボンの中に入れていた。


▼参考画像「タック・ネック」首周りにタックの入ったシャツ。





僕がいとこのティナのところへ、ベビーシッターをしに行くときは、ローラも連れて行った。
まさしく二人は完璧な付き合いで、見事なまでに、何も起こらなかった。

軽くキスをしたり、寄り添って抱きしめたり、お互いをさわったり、撫でたりしていた。
ローラは僕に負けないくらい受け身だった。

僕に必要だったのは、ブレンダ・リッチーのような、初めから終わりまでリードしてくれる女の子だった。
(訳注:ブレンダ・リッチーはジョージの初体験の相手)


その他に付き合った女の子は、シェリー・ユーゴで、同じエルタム・グリーンに通っていた。

シェリーは小さくて、丸顔で、縮れ毛の女の子だった。
そして、優雅な声をしていたせいで、目を付けられて虐められていた。
気取り屋、ホモ、パキというだけで、大罪を犯した罪人なんだ。

これでも僕は、自分からガールハントをしに行ったことは無いよ。
彼女たちから、僕のところに来るんだ。

微笑みひとつ、単なる噂が、学校のちょっとしたゴシップになる。
「シェリー・ユーゴはお前に惚れてる」

僕はシェリーを学校の近くで見かけたことがあった。
彼女はいつも、僕に微笑んでくれた。

この絶望的なまでに、恥ずかしがり屋の僕と彼女がどうやってくっつくかは、神のみぞ知ることとなる。

僕はいつも口先だけだった。
先生に生意気な口を叩くときと、遊び場でたむろしているときには。

だから、いざロマンチックな状況に直面すると、僕は自分が粉々になったように感じた。


シェリーはルイシャムに、母親と二人の姉妹と一緒に住んでいた。
シェリーの家は「モダン・オープン・プラン」の造りだった。
インテリアは革のカウチ、シープスキンのラグ、ペーパームーンのランプなど。


▼参考画像「モダン・オープン・プラン」近代的なデザインで、開放的な造り。





僕んちは、そんなお洒落な家じゃなかった。
確かにシェリーの家はきれいだと思うけれど、そこでリラックスできるかは別だ。

シェリーの母親、ユーゴ夫人は、僕たちが正面の部屋に座っているのが気に食わなかった。
そのフカフカのラグに踏み込んで、足跡を残そうものなら、シェリーはすぐさま振るって広げ、跡を消していた。


僕たちは、目障りにならないように寝室で過ごした。
寝室には、デヴィッド・エセックスの大きなポスターが貼ってあり、僕たちをじっと見下ろしていた。


▼参考画像「デヴィッド・エセックス」イギリスの歌手、俳優。





彼女はデヴィッド・エセックスの熱狂的なファンで、僕はルイシャム・オデオンで開催された彼のコンサートに引きずって連れていかれた。

シェリーと抱き合って、それ以上に発展することはあったけれど、結果的に今までとあまり変わらなかった。

僕はシェリーのブラジャーの中に指をすべり込ませると、自分が興奮しているのが分かった。
でも、シェリーは僕にブラを外すまでは望んでなかった。
これが、僕が女の子に欲情して勃起した、最初のことだ。

もっと、身体の関係を進めたいと願った、でも出来なかった。
僕の身体が付いてきてくれるか、それが怖かったんだ。

シェリーをギュッと強く抱きしめて、身体が自然に反応してくれないかと期待するばかりだった。


シェリーに生理が来なかったとき、僕たちは大笑いした。
シェリーの母親は、もしかして僕が彼女を妊娠させたと思っていた。
彼女を妊娠させたかもしれない候補者の一人になったことで、僕は誇らしい気持ちでいっぱいになった。

シェリーの親友の、トレイシー・カーターは、僕たちが9カ月も付き合っておきながら、お互いさわり合うだけで、それ以上の進展がないことに驚いていた。

トレイシーは、僕がオナニー小僧だと思っていて、いずれにせよこの件で確信につながったようだ。

トレイシーとシェリーの二人は、5歳の頃からの友達だったのに、シェリーが僕と付き合い始めてからは、仲違いをしてしまった。

トレイシーは強気で付き合いにくい人物だ。
スージー・クアトロのフェザーカットの髪型をして、腰のくびれた床までの長さのあるデニムのコートを羽織り、破れたスニーカーを履いていた。


▼参考画像「スージー・クアトロ」アメリカの女性ロックミュージシャン。





彼女は、スーザン・スレッジと、ティナ・パーメンターと共に、学校のトラブルメーカーの一人だった。

学校の中央広場の屋根に、使用済みのタンポンが散らばっていたら、彼女たちが真っ先に疑われた。
トレイシーは学校の制服に、インクでバンドの名前を落書きして、スカートには狙って「BUM」の文字を書いた。
(訳注:「BUM」は英字辞書にて、「ケツ、怠け者」などの意)

トレイシーはシェリーが「乙女」過ぎて、それはとてつもない罪だとして、彼女の優雅な声をからかいの的にした。

シェリーはいつも、往来にある店の看板を読みあげていた。
「ウールワースの…、リー・グリーン通り…」

トレイシーは残酷にも彼女の真似をしたり、シェリーを「ウィンピー」や「バーガー」と呼んでいた。
(訳注:「ウィンピー」は、ハンバーガーチェーン店の名前)


彼女はシェリーに悲しみを負わせ、人生を不幸なものにしてしまった。
トレイシーは僕に対しても、不愉快な態度を取った。

僕は「太ったケツ」と言われるのは好きではなかったけれど、彼女のタフな所が好きだった。


1975年の終わりに、デヴィッド・ボウイが「ステーション・トゥ・ステーション」ツアーを発表した頃に、物事はぎくしゃくし始めた。
僕たちは、6カ月後には、良い席が欲しかった。

トレイシーも来たがっていたし、どうやって彼女を我慢させるかも分からなかった。
僕は一時休戦を呼びかけ、彼女の分のチケットを買ってあげることにした。
トレイシーは僕にお金を払う、と言ったけれど、ついに払わずにいる。

その件があって、僕とトレイシーは親友になり、それと同時に彼女は、僕とシェリーの間の、恋のお邪魔虫にもなり、それはシェリーとって大いなる頭痛の種となった。

トレイシーが間に入って、どうにも行き詰まっていた恋愛関係から、僕は脱け出すことができた。

僕はシェリーが好きだったし、彼女は優しくて忠実な友達だ。
だけど、シェリーが僕に求めたものは、決して僕が彼女に与えられないものだった。

僕の頭の中で声がして、どんどん大きく響いていく。
「発射しろ、僕のムスコ。いびつな種をバラ撒くんだ」

分かってる、僕はゲイだ。
男の子の色鮮やかな夢を見ては、夢精したこともある。


トレイシーは身も心も完璧に女性で、気の合った仲間だった。
トレイシーは独立心があったし、タフで、僕に対して何の気も抱いていなかった。
彼女は、自分自身が醜いと思い込み、ピンク色やセンチメンタルなものを嫌悪していた。

放課後に、僕はトレイシーの家に行った。
そこは、黒パンとアールグレイを出す喫茶店だった。

パンは、僕が見慣れたスライスしたやつじゃなくて、焼きたてで丸のままで、バターも本物で、ストーク社のマーガリンなんかじゃなかった。


▼参考画像「ストーク社のマーガリン」バターではない。





僕たちはトーストを焼き、お茶を淹れ、レコードを聴いた。
心穏やかな空間だった。

僕は母さんに「ねえ、どうして僕の家では切ったパンじゃなくて、黒パンを出せないの?」と聞いた。
母さんはぴしゃり、と答えた。
「ナメた口叩くんじゃない。ここが気に食わないんなら、トレイシーの家にお行きな」

トレイシーは僕に、多大な影響を与えた。
ボブ・ディランと、政治について、僕を夢中にさせたんだ。

彼女は何度も繰り返してディランの歌「ハリケーン」を流し、殺人の罪で投獄された黒人のボクシング・チャンピオン、ルービン〝ハリケーン"カーターの話を聞かせてくれた。


▼ルービン・カーター。殺人の容疑で逮捕され、陪審員が全員白人だったことから、有罪判決が下り、終身刑に。ディラン氏の歌の他に、映画「ザ・ハリケーン」がある。






僕たちは、キャピタル・ラジオ・ヒットラインに電話を掛けて、ボブ・ディランを流すように投票した。
声色を変えて、また電話して、票を水増ししたり。

ボブ・ディランが常に1位にいる様に、僕たちは、さながら宗教のように聴き続けた。

ディランのアルバムは、トレイシーのお母さん、リタが持っていた。
リタは、夫であるトレイシーの父親と離婚協議中で、父親は家の中で知らない人のように住んでいた。

リタはヒッピーかつ変わった人物で、非協調主義者(訳注:社会や体制に従わない人)だった。
彼女は共産党に属し、ベトナムの解放へ向けて働いていた。

あるクリスマスには、僕とトレイシーはリタのお手伝いで、彼女の活動のために、封筒を舐めて、封入と封かん作業をしたんだ。

リタという人は、本当に謎だった。
リタは家でほとんど見かけなかったし、それは一緒に住んでいるはずのトレイシーも同じだった。

僕はトレイシーが家に一人でいるのが妬ましくて、僕が彼女だったらいいのに、と願った。
孤独な彼女が、どんな思いをしているのか、知りもしないで。
トレイシーは、自分の気持ちを、怒りの感情でもって隠していた。


僕は早々に、ロンドン南東部にある僕の家では物足りず、それ以外の生き方を見出し始めた。
僕の家とは違うパン、違うバターなど、生活そのものにおいて、僕は現状では満足できなかったんだ。

僕は旅に出て、あちこちを見て回り、見聞を広げたいと思った。
僕が電車に乗ったときは、窓の外で輝く、何百から何千もの家の灯りに見入っては、あの明かりに住む、何百万もの人たちについて、あれこれ考えを巡らせていた。

僕の知っている人が住んでいるのかな?
あの中に住んでいる人は、僕を知っているだろうか?


1976年の5月のこと。
僕はボウイに会うために、ビクトリア駅にいた。

ヒトラーを擁護する発言を行い、ファンの前でジーク・ハイル(訳注:ドイツ、ヒトラー時代に盛んに行われた敬礼)をやってのけ、ベルリンにひっそりと逃れた、デヴィッド・ボウイが戻って来る。

僕は防護柵から頭を突き出して、大声で叫んだ。

ボウイはベルリンに滞在しながら、ジギー・スターダストから、シン・ホワイト・デュークの間に染まっていたドラッグから脱していた。

彼は、オールバックに撫でつけた髪型、真っ白なシャツ、先細のズボンという出で立ちだった。


▼参考画像「シン・ホワイト・デューク」時代のデヴィッド・ボウイ。






僕はその格好を真似て、父さんの白いシャツを着て、髪にグリースをテカテカに塗り付けた。
その格好で、コンサートにも行ったんだ。

シェリーが着ていたのは、木こりが着るネルシャツの古着とジーンズで、なんとか妥協してリップグロスだけ塗っていた。

トレイシーの装いは、ギリシアの兵士のようで、その服はシェリーの母親の衣装ダンスの中から、くすねてきたものだった。

それなのに、トレイシーはその服にライビーナをこぼしてしまったんだ。

シェリーは気が狂ったように叫んだ。
「なんてこと!母さんに殺されるわ!」


▼参考画像「ライビーナ」黒スグリのジュース。





僕たちは頑張ってきれいにして、シェリーの母親に見つかる前に食器棚へ戻すことに成功した。
(訳注:衣装ダンスではなく、食器棚?
ライビーナを食器棚に戻したんだろうか?)



髪をきれいに染め、輝かしくボウイの格好を真似たクローンたちを前にして、僕はみすぼらしかった。
だから、全部の歌を、単語一つひとつまで出来るだけ大声で歌う事で、僕の格好のマイナス分を帳消しにしたんだ。

それからトレイシーと一緒に、曲の合間に叫んだり、口笛を吹いた。
多分、ボウイは見上げて僕たちを見てくれたと思う。


ある酷暑の夏、熱波が来た1976年の事だった。
トレイシーのお婆ちゃんが未亡人になったので、一緒に暮らすため、ウィンブルドンの草原の中に姿を消して、彼女とはそれっきり会えなくなった。

彼女のいなくなった人生は、なんと侘しかったことか。

僕はどうしてもトレイシーに、このエルタム・グリーン学校へ戻ってもらいたくて、手紙を書き続け、彼女を悩ませた。

しばらくの間、彼女は戻ってきたけれど、今度は僕が退学になった。
この豊作だった1年に、僕はトレイシーに会えなかったんだ。

僕たちが再会を果たしたのは、ブラックヒースのバスの中だった。
僕はパンクの格好をしていて、白く染めたツンツンの髪型に、ボンテージ・パンツを履いていた。


▼参考画像「ボンテージ・パンツ」






トレイシーは、今では売っていない60年代の格好をしていた。

キャット・アイライナー、白い口紅、ハチの巣の髪型、まるでダスティ・スプリングフィールドの古い洋服ダンスだ。


▼参考画像「ダスティ・スプリングフィールド」イギリスのミュージシャン。
トレイシーの格好は、こんな感じ。





彼女は今、友人宅の庭にある小屋に住んでいる、と語り、今はブライアンと呼んでいるルイーズ・ブルックスのボブカットをした格好良い男とデートしているところだった。


▼参考画像「ルイーズ・ブルックス」アメリカの女優。ボブカット(髪型)がトレードマーク。





二人は、独自のビートニクのグループに入っており、アコースティックギターと、マラカスを持ってヨーロッパ中をアンドリュー・シスターズの歌を路上演奏して回った。

その後、トレイシーとブライアンは、デプトフォードにある公営の台所付きの部屋へ引っ越した。

僕は、暇さえあれば彼らの元を訪れて、トレイシーの旅物語と、政治的な主義に耳を傾けていた。
彼女はマーガレット・サッチャーを猛烈な勢いで嫌っていて、それについては僕も納得している。

思えば、学生だった頃から、トレイシーは僕の人生に出たり入ったりしていたな。

彼女は、僕がいたスクワットのひとつを引き継いで住み、それから僕たちはまた、連絡を取らなくなった。

名誉、ドラッグ、アシッド・ハウス。
僕の身の上には、色んなものが駆けて行った。

(訳注:「アシッド・ハウス」とは、狭義にはアナログシンセサイザーの変調効果を多用したエレクトロニック・ミュージックを指す。広義では、1987年頃からシカゴやロンドンで同時多発的に始まった)


1990年に、僕は出掛けたレイヴで、トレイシーとばったり出会った。
(訳注:「レイヴ」は音楽のイベントやパーティの事)

彼女はへそ出しルックをしていて、ちゃんとした女の子に見えた。

最近では、トレイシーは自分自身を「ミス・カーター」と呼んでいて、相変わらず輝いている。
彼女はスペイン語と、ラテンアメリカの研究で学位を取得していた。

二人とも、劣等生の烙印を押した校長が間違っていることを証明したかのようだった。




第七章、ここまで。






2020年8月16日日曜日

See What A Fool I've Been - Queen 和訳

See What A Fool I've Been - Queen 和訳


「シー・ホワット・ア・フール・アイヴ・ビーン」は、ブラインアン・メイが、クイーンの前身バンド、スマイルに在籍している頃に書いた曲ですが、実は、元になった曲がありました。

しかし、肝心の元になった曲名がずっと分からなかったらしく、メイ氏や、スマイルのボーカルであるティム・スタッフェルの中で、長い間の「謎」となっていました。


やっと、2001年6月のブライアン・メイのオフィシャルサイトにおいて、ティム・スタッフェルいわく、Sonny Terryソニー・テリーとBrownie McGheeブラウニー・マギーの ”The Way I Feel” が元になったと公表しております。

2001年8月の記事によると、メイ氏は

「ずっと元の曲がなんだったのか分からなかった。
僕たちは、お金を払いたいから、誰の曲かを知りたかった」

とあります。

律儀にも、権利をお気になさっていたのですね。


※この部分、ねこあるきはサイトを拝読しながら書いておりますが、勝手に引用する訳にはいきませんので、詳しくは、オフィシャルサイトをご参照ください。

サイト内の検索ワードは「Sonny Terry」で、2001年6月と8月の記事です。


では、「謎」と言われた元曲、ソニー・テリーとブラウニー・マギーの「The Way I Feel」を、ご参考までにお聴きください。

▼確かにそっくりです。





この問題の所為でしょうか?関係性は不明ですが、「シー・ホワット・ア・フール・アイヴ・ビーン」は、1974年のレコードには収録されていて、ライヴではしょっちゅう演奏されたのに、クイーンⅡの通常版CDに収録されていません。

ようやく、クイーンⅡのリマスター版で、デラックスエディションのボーナスEPとして入っています。

これからクイーンⅡのご購入をお考えの方は、ご注意を。


★ ★ ★


前置きが長くなりましたが、さて、本題です。

ブルースにのせてフレディが妖しく、女性ボーカルのように艶やかに歌います。
あまりにも妖艶なので、不覚にもドキッとしてしまいます。


歌詞に「little dog 小さい犬」と出て来ます。
おそらく「Puppy 子犬」のことだ、と解釈しました。

ちなみに「Puppy」は男性に対して呼びかけるときに使います。
イメージ的には無邪気で、あどけない顔をした男性です。

途中で「sailor boy 水兵の少年」と呼び掛けていますから、まだ年派の行かない水兵の男の子でしょうか。

しかし、「she's gone 彼女は出て行った」から始まるので、ねこあるきは、男性からの視点と、女性の視点が混在しているものと解釈しました。

少年水夫と、年上のお姉さんの恋物語、という解釈です。


実は、この「シー・ホワット・ア・フール・アイヴ・ビーン」は、2つの歌詞があって、ひとつは1974年「輝ける七つの海」のB面に収録された「Bサイドバージョン」と、もうひとつはBBCで演奏された「BBCバージョン」があります。

ずっと気になっておりましたので、2つとも和訳しました。
まずは、通常の「Bサイドバージョンです」


▼2011年リマスターの、Bサイドバージョン。クイーンオフィシャルの音源です。




See What A Fool I've Been (B-side ver.)
和訳


(男性視点から)

Well, she's gone dear
あのひとは行っちまったんだ

Gone this morning, mmh yeah
今朝方にね、いやぁ

Ow, see what a fool I've been 
このバカを見てくれよ

- oh Lord, cootchie coo
ああ神様 (かわいちょうね、よちよち)

What a fool I've been
なんてバカ野郎だ

Yes, I dig it
そうさ、僕ぁやらかしたのさ


Too much
参ったよ

Didn't leave me-me no letter, 
書置きひとつも残さず

didn't leave no warning
前ぶれだって無かったんだ

You naughty thing, you
どうせ単なるイタズラだって?
違うよ

Ooh - well I guess I am to blame oh lord
多分だけど、僕が悪かったんだよ
マジで

I guess I'm all to blame -
全部、僕が悪かった


(女性視点)

see you later, sailor boy
じゃあまたね、水兵くん

Child, right now you take it
ぼうや、今はこらえてね


Hope my little dog ain’t too hungry
あたしのいい子が、ひどくお腹をすかせてないと良いんだけど

No, no, he just kept on barking, 
ダメダメ、どうせ今のあいつは正気じゃないわ
きっとわめいてるのよ

the vicious thing
危ない、危ない

Just don't seem the same
いつも通りじゃダメなのよ

oh no no
もう、イヤになる

It just,
そりゃあね

oh tantrums,
カッとして
黙って出て来ちゃったけど

it don't feel the same
同じことの繰り返しはもうたくさん

Ooh, see you later
じゃあバイバイ

Now hit it, like that
さて、行くとするか

Coming on strong
たくましくなって、出直しておいで



(男性視点)

Oh, well
どうなってんだ

I got so lonely
僕ぁ独りぼっちだ

Went and told my neighbour
お隣さん所に行って、今までの事を愚痴ったんだ

She said "Ah ooh ooh ooh ooh"
そしたら彼女は言ったんだ
「あらあら、まあ、まあ」

Oh Lord
ああ、神様

What a fool I've been
このバカ面を見てやってくれ

And she told what to do
She said
彼女、ピシリと言ったんだ

 "Go home"
「帰って」



Well she's gone - 
そうさ、あのひとは出て行っちまった

gone this morning
今日の朝早く、僕の寝てる間に

See what a fool I've been, oh lord
僕はとんだお笑いものだよ
マジかぁ

What a... foo-oo-oo-oo-oo-oo-ool... I've been
僕は、なんっっってバカ野郎なんだ




以上です。


「僕が悪かった」と言えば、同じブライアン・メイの「イッツ・レイト」にもありますね。
そういう経験がたくさんお有りなのかと、下衆な勘繰りをしてしまいます。


歌詞の「coochie-coo クーチー・クー」は、赤ちゃんをあやすとき、くすぐって笑わせるときに言う言葉です。

日本語で言うなら「こちょこちょ」ですが、「おお、よしよし」とか、「いい子、いい子」の意味も含まれるので、合いの手として和訳しました。



では、続いてBBCバージョンです。
おそらく、出て行った女性の視点がメインになっているのだと思います。

ちょっと、聴いてみましょう。本当に歌詞が異なります。

▼See What A Fool I've Been  (BBC Session)






See What A Fool I've Been (BBC Session)
和訳


(男性視点)

Well she's gone
あいつ、出て行ったんだ

Gone this morning
今朝早く

See what a fool I've been
この俺のマヌケ面を見てくれよ

Oh Lord, I said
そうさ

What a fool I've been
俺がバカだったんだ

Wow


(女性視点)

I caught a train
汽車に飛び乗ったの

A train to Georgia
ジョージア行きの汽車に

Sixteen coaches long
16両編成の汽車なのよ

Oh Lord, I said
そうよ

Sixteen coaches long, yeah
客車と貨物車がつながった、長い汽車に乗ったのよ

Wow



I walked out
あたしはいきなり飛び出して

Onto the highway
ハイウェイを、ただ歩いた

Oooh, ow, ow, ow, ow
足音だけが聴こえて

Oh Lord, I said
ああ、どうしてこうなったの

Greyhound bus had gone
グレーハウンドのバスが通り過ぎたわ

Wow, surprise to me
ねえ、あんた
突然現れて、あたしをびっくりさせて

Now hit
じゃないと、本気で出て行くわ


Woooh

I walked out
もう、お仕舞いね

Onto the highway
長いハイウェイの道を独りで歩く

Greyhound bus had gone
グレーハウンドのバスがあたしを追い抜いた

Oh Lord, I said
ああ神様、そうよ

Greyhound bus had gone
グレーハウンドの長距離バスが、
音を立てて遠ざかって行くのを見送った

It went a long time ago,
ずいぶん長い事歩いたわ

sure did
ここはどこかしら


Wow


(男性視点)

Oh, well she's gone
あー、あいつ行っちまったよ

Gone this morning
つい今朝方にね

See what a fool I've been
俺がバカだったのさ

So long 
これで終わりなのか

I said 
そうさ

what a fo-oo-oo-oo-oo-oo-oool I've been, 
俺は本っっ当の、バカ野郎だ

ooh
Ah




以上です。



歌詞のグレーハウンドのバスとは、グレーハウンド社の長距離バスのことのようです。

▼ご参考までに。




男性は、ぼんやり嘆いていないで、女性を追いかける気概を見せてくださいよ。

女性も、追いかけてくれるのを期待しない方が良いですよ。

お互い、黙っていても伝わるというのは幻想です。
思うよりも人間は器用ではなかったりします。

と、老婆心ながら思いを馳せる、ねこあるきでした。



おまけ

そんなわけで、おまけです。
この曲は、ライブの定番だと言われている割に、映像が全然ありません。
なんてこった。

仕方なく、音源だけを掲載します。

▼クイーン公式から、1974年3月、レインボー座です。



▼同じく公式から、1975年ハマースミス・オデオン座です。



▼1975年5月1日、東京公演です。
「ありがとう、東京!」とフレディのMCが入っています。



さすが、定番だけあってブートレグ音源ならYouTubeで探すと、いろんなステージで演奏されているのが見つかります。

個人的には、東京公演のがやっぱり好きです。



2019年7月22日月曜日

TAKE IT LIKE A MAN - 和訳 ボーイ・ジョージの自叙伝 第六章

TAKE IT LIKE A MAN - 和訳 ボーイ・ジョージの自叙伝 第六章



第六章、Chapter6は、ジョージ少年が通う「エルタム・グリーン」の学校生活です。

ここまで読むと、虐められた記述があり、あまり学校は好きではなかったようではありますが、詳しく読んでいきます。


月に1回1章、を心がけていますが、気付いたら1章遅れになってますね。
そのうち、挽回します。


チャプター5はこちら


CHAPTER 6
第六章


エルタム・グリーン・スクールでの思い出は、例えるならヤミ医者の元で、妊娠の中絶手術を受けるのと同じくらい、屈辱的で、忌まわしく、そこで起きた出来事を、僕は忘れてしまいたいよ。

そこでは何ひとつ、誇るべき瞬間も、輝かしい勝利もなく、ただ漫然と長い日々を重ね、月々を経て、何年も無為な退屈だけが過ぎて行った。

どんな自己表現も、個性や感性の芽吹きも、早々に摘み取られ、制圧されてしまうんだ。

投げつけられる単語は「反抗的」「生意気」、二語以上なら「規律に従え」「足並み揃えろ」、こんな言葉を僕は百万回も浴びせられたよ。


僕の成績表いわく

『オダウドは聡明である。もし窓の外の代わりに教科書に目を向けていれば、多くのことを成し遂げるだろう』


エルタム・グリーン総合性中等学校にいるほとんどの時間、僕は窓の外を見て過ごし、空想を描き、うわさ話に花を咲かせ、机にエッチな落書きをして過ごした。

(訳注:総合性中等学校とは、小・中・高を統合した「コンプリヘンシブ・スクール」のこと)


家では励まされたり、褒められることも無かった。

座って宿題をするように言われることも無く、映画に出てくる、教育熱心な両親のように、我が子にプレッシャーをかけることもなかった。

例えばさ。

「あなたは弁護士になるんだから。
退学なんてしたら、将来はいったいどうなるの?」

こんな感じで。


建築業に就くために、教育は必要ないんだ。
母さんと父さんは、あまりに忙しくて、僕たちの学校の勉強に興味をもつ余裕は無かった。

母さんと父さんは専門家に任せておけば安心で、専門家は母さんと父さんに委ねておけば大丈夫だと踏んでいた。


もし君が遅刻したなら、僕の学校では集会場の外にある、白黒タイル張りの広場で待たされることになる。

黒いタイルのひとつに立たせられ、徴兵のように腕をぴったり身体の脇に沿って下げ、姿勢を正しくしていないといけないんだ。

午前9時30分。
ドーソン校長は、駐在のヒトラーよろしく、集会所の階段をカツカツと昇って来る。
広場で直立している遅刻者は、校長の朝食代わりの餌食となる。

まず校長は、君の周りをぐるりと一周し、頭のてっぺんからつま先まで、狂気じみた目を光らせて、ジロジロと舐めるように見る。

もし、君が遅刻の常習者で、用意した言い訳がイマイチなものだったら、校長は容赦なくぶん殴るため、取り調べに余念がなかった。

校長は僕の前に立ってこう言う。

「オダウド。なぜ遅刻したんだ?」

「分かりません、校長」

「分からんだと?オダウド」

「寝坊しました、校長」

「私の用が済むまで、外で待っておれ」


ピーター・ドーソン校長が、このエルタム・グリーンに赴任する前は、ここは評判の悪い学校だった。

ドーソン校長自身は、一定の評価を得た人物だった。
彼は一流の独裁主義者で、体罰の支持者だった。

悪評高いエルタム・グリーンは、校長にとって大きなチャンスだ。

校長をひと目見ればすぐに分かる。
彼の肥大した自尊心は、阻塞気球の大きさに膨れ上がって、空にそびえ浮かんでいるから。




訳注と参考画像:

阻塞気球(そさいききゅう)は、対 低空飛行機用に、たくさんの金属ケーブルでつながれた巨大な気球のこと。



つまり、たくさんのヒモでつないである大きな風船。
ヒモの部分がクモの巣のように、飛んできた戦闘機を引っ掛ける。

イギリスで第二次世界大戦まで量産された。

『校長の自尊心は、阻塞気球のようだ』、とのこと。




校長は、男にしてはチビ助だったが、絶大な支配と力を振り回した。
その迫害は生徒だけに及ばず、先生にも同様だった。

校長はタッセル付きの角帽を頭に載せ、それに合う黒いピン・プリーツ(細かいひだ)のマントに身を包んで、学校中をパレードしつつ、教室を仕切るガラスドアから、中の様子を覗いていた。

そして、集中してないとか、おしゃべりしている生徒を見つけたなら、この黒いマントの小男は、ただちに気が狂ったコウモリのように教室へ飛びこんでいった。

「外へ出ろ」

突然の妨害は先生たちを激怒させ、そしてこの行為は、先生の持つ権威を弱体化させることになった。

校長は、このテロ行為を校内放送へも広げ、授業中にも関わらず、呼び出しを掛けた。

名指しで呼び出しを受けた生徒は、いきなり話題の中心人物になったような感覚に陥り、教室を後にする。

その頃、同級生たちは「あいつ、何をやらかしたんだ?」と憶測を飛び交わせているだろう。

しかし、本当の恐怖は廊下を歩くにつれ、徐々に差し迫ってくる。

生徒は、校内放送で呼び出されたのに、待たされることになる。
時には1時間も待つんだ。

この待っている時間が、最悪なんだ。


ドーソン校長は、ガラスのキャビネットいっぱいに、様々な形や大きさの杖を持っていた。
そのうちのどれかは、他のよりすごく痛いんだ。

校長は、杖のひとつに指をさし、生徒に取ってこさせる。

「かがめ」



▼参考画像。かがんだ姿勢と体罰。






校長は生徒を打つ前に、ゆっくりと待っているのが常だった。

すべては規則正しく、整然と行われた。

ドーソン校長は、じわじわと生徒が追い詰められて恐怖するのを味わっていた。

この一連の行為は、君や僕に尊敬を教えるためのものだそうだ。


ドーソン校長の部屋から廊下続きに、ディーコン副校長の部屋があった。
副校長は、自分に与えられた役割に納得できないでいた。

ディーコン氏は、その見た目から副校長というよりも、頭からストッキングをかぶり、銃身を切り詰めたショットガンを抱えているべきだ。




▼参考画像。「銃身を切り詰めたショットガン」ソードオフ・ショットガン。
 『副校長は、ストッキングをかぶってショットガンを抱えているべき』容姿。






その肉体を威圧的にそびやかし、品の悪い角刈りと平たい鼻の持ち主だった。
副校長は、暴力や暴言を吐く前に、少しは人の話に耳を傾ければ良かったんだ。


図書館の係員であるミス・クラインは、中世の引き延ばし拷問台にかけられた犠牲者のようだった。


▼参考画像。中世の「引き延ばし拷問台」。別名「エクセター公の娘」。




(訳考:手足がひょろ長いんだろうか?)



クライン先生の、ショッキングピンク色した口紅は、彼女のコーデュロイのマキシスカートと、フリルネックのブラウスにまったく合わず、浮いていた。

彼女は足に、目に見えないキャスターがくっついているような、軽やかな足取りで図書館内を歩き、ひそひそ話や時折起こる騒動を静かにさせて回った。

ほらまた、男の子たちが書架から本を引っ張り出し、うっかり手を離してドサッと床に落とした。

「もう、たくさん」

彼女は金切り声をあげた。

「お静かに、お静かに」

子どもたちはひどく苛立っていた。


僕たちの英語の先生、ミス・タイラーは、優秀な人だった。

タイラー先生は、ドアを開けたままにして、物思いにふけるニワトリみたいに、そこから出たり入ったりしていた。

先生は真珠と、値段の高そうなニットのドレスを身に着けていた。

タイラー先生は、「トム・ソーヤ」を読むときには、あたかもアメリカ南部小町よろしく、「R アール」の発音をきっちり巻き舌にした、南部訛りで発音した。
なんだか、挫折した女優のようだった。

「あなたちょっと変じゃない?」

先生は、僕の友達のトレイシー・カーターに言った。

「ご存知でしょう」

と、トレイシーは答えた。

訳考:
トレイシーが先生の「南部訛り」の発音を真似て音読したのを、タイラー先生は「変ではないか?」と指摘したが、それに対し、変な発音は先生のせいである、と返答した、という意味だろうか。



美術のリドック先生もまた、素晴らしかった。

彼は高い水準の教育を受けた先生だった。

彼は教材の平皿を、床にぶちまけながら、絶叫した。
「授業は始まっているんです!」

「いいですか ―」
先生は続ける。

「私はね、ド下手くそな尼さんみたいな絵を描く人には、誰一人として私の授業を受けてもらいたくないんです。考えれば分かるでしょう」


彼のクラスで、僕らは何かひとつ選んで描くことを許された。

僕はロバート・プラントとマーク・ボランが、裸の女性と一緒に、頭を寄せてもたれ掛かっている絵を描こうとした。
(訳注:ロバート・プラントはレッド・ツェッペリンのボーカル)

デヴィット・ボウイの「ダイアモンドの犬」みたいなやつ。



▼参考画像。ボウイの「ダイアモンドの犬」のジャケット。






でも、僕が描いたのは、妹のシオバンが学校で電話の受話器を置いているところを、鉛筆画で描いた。

これは、僕が退学になった最後の日に、目にしたものだった。


演劇の授業もまた、楽しかった。
ミセス・キャンキットは、ブロンドの髪をしたヒッピーみたいな先生だった。

先生は、僕たちを木の振りをさせたり、床のあちこちをゴロゴロと転げさせた。

キャンキット先生の授業は、本館に隣接する講堂の外で行われた。
なんだか急に、自由になった気がしたよ。

これまで抑圧されていた僕たちは、キャンキット先生の、生来のやさしさを利用して、彼女に地獄を見せた。

(訳考:授業をめちゃくちゃにしたのだろうか)

だけど先生は、校長先生に言い付けたりするタイプじゃなかった。


キャンキット先生の旦那さんは、僕たちの歴史の先生だった。
本当に結婚しているかどうか、にわかには信じがたいほど、彼は女っぽくて、すごくなよっとしていた。


僕の目は、授業の間ずっと時計に釘付けになり、早く昼休みにならないかな、と待ちわびていた。

学校で出される、キャベツとマッシュポテトの味がお気に入りだったな。
何度もお代わりをしようと、しょっちゅう席を立った。


僕は昼食の時、女の子の友達と一緒に座った。
トレーシー・カーター、シェリー・ユーゴ、ティナ・パーメンターと。

食堂のあちこちには、必ず先生がいた。
先生たちの、悪意でギラつく視線にさらされながら、昼食をとるんだ。


マッキンタイヤー先生は最悪だった。

彼はしょっちゅう僕を立たせ、女の子のいない、他の席へ移るようにしたものだ。

マッキンタイヤー先生には、男の子は女の子と一緒に座りたがるってことが、まるで理解できなかった。

「男女の間に、どんな会話の必要があるというんだ?」

僕は先生の奥さんに同情するよ。


僕の母さんは、このエルタム・グリーンで給食係と、校庭の保全、女子トイレへの見回り、そこへいたずら書きがされないように見張りを勤めていた。

ある日、母さんは、トイレの壁に僕たちの学校の電話番号を書いている一人の少女を捕まえた。

『セックスの相手を探しているなら、ここに電話して。856…』

母さんは、その子が落書きをこすって消すまでトイレに鍵をかけて閉じ込めた。


普通に学校がある日は、午前11時30分頃と、昼休み、それと午後の三回、レクリエーション休憩の時間がある。

雨が降ろうと、雪が降ろうと、僕たちは運動場に押しやられた。

大体の生徒は、だだっ広い灰色のコンクリートで出来た辺りをほっつき歩き、もっと運動したいタイプの子はサッカーをしていた。

なぜ自分から進んで運動するのか、僕には絶対に理解できなかった。


ある生徒たちが、勇敢にも体育館の裏に隠れて、タバコを吸いに行った。
そこで、喧嘩が始まった。

「なにガンたれてんだよ」

「別に。自意識過剰うぜえ」

たちまち拳が飛び交い、野次馬たちが集まってくる。

「やれ、殺せ」


何人かの男の子が、いつも僕を虐めていた。
僕はいじめっ子たちに警告した。

「僕に指一本ふれてみろ。兄ちゃんここに連れてくるぞ」

まあ、ほとんどはただ名前を呼ぶだけなんだけど。


「カマ掘り野郎」「ホモ男」

僕は喧嘩が大嫌いだった。

男の子が数人、門の外で僕を待ち構えている。

だから僕は、フェンスをよじ登って乗り越えるか、植え込みを突っ切って学校に戻った。

ずっと僕を追い回し、なじり続けた赤毛の男の子には、さすがに僕でも業を煮やし、ケリをつけようと思い立った。

僕は言い返した。
「お前んちの家族は、みんなそろってマスかき野郎だ」

ちょうど僕がバスを降りようとしていた時、そいつのパンチが僕の顔にヒットした。

僕は彼をひっつかむと、赤毛頭を金属製のバスの昇降階段に何度も叩きつけた。

みんなが僕を応援する。

「行け!オダウド!そいつをやっつけろ!」

車掌はバスを停め、僕たちを放り捨てた。

バスから出されて、喧嘩は路上へと場所を移して続いた。

僕は何度も殴りつけ、赤毛の服をビリビリに引き裂き、僕の木製のプラットフォーム靴で蹴っ飛ばした。


その後、僕は泣きながら森の中を歩いて帰った。

僕は、この「怒り」という感情が嫌いだった。
本当に彼を殺してやりたかった。


僕は時間割に「体育」の項目を見ると、気が滅入って病気にでもなった気分だった。

母さんは僕のおたより帳に書く。
「ジョージは体育をお休みします」

母さんが書かなかったら、僕が自分自身で書きたいほどだ。

マッキンタイヤー先生は、血走った顔つきをした体育の先生で、せっかくおたより帳に「休む」と書いてあるのに、無視して僕に授業を受けさせた。

「よし、準備しろ、オダウド。体のでかい女みたいな素振りをするな」

僕はマッキンタイヤー先生が大嫌いだった。
サディスティックで、頭の固いロクデナシで。

学年主任で、体育のマッキンタイヤー先生は、繰り返し悪夢に出てくるんだ。
彼の授業を受けるなんて、悪い冗談にも程があるよ。

こん棒でぶん殴ったハギスのような奴が、どうして僕たちに体操を教えられる?




▼参考画像「ハギス」。スコットランドの伝統料理。
 手前が輪切りにしたハギス。





先生は、サッカー場ごしに僕を怒鳴りつけた。
「足を上げろ、ラッシー(:スコットランドの小娘の意)」

僕は可能な限り、ボールから遠くはなれて、足をぎこちなく動かし、あたかも参加しているかのように見せかけた。
そこなら、僕にボールが回ってくることは無かったし。

まさしく、90分の拷問だった。
僕はサッカーのユニフォームに身を包んだまま、凍り付いていた。


それと、共同シャワーが恥ずかしかった。

だから、普段の僕ならシャワーを浴びなかったのに、抜け目ないマッキンタイヤー先生からは逃れる術もなく、選択の余地は無かった。

なるべく他の男の子たちを視界に入れないようにしてシャワーを浴び、目線は常に床へ落としていた。

「おい、オダウドのやつが、お前のチンコじろじろ見てるぜ」

「ホモ野郎」

僕はパッと脱いで、ちょっと浸かって、数秒で服を着た。


ある時、マッキンタイヤー先生は僕を「サボり魔」の見せしめとしてクラスの前に立たせ、他の生徒にも注意を促した。

先生は僕に選ばせた。
「手が良いか、尻が良いか?」

僕は手を差し出した。

先生はあまりにも強く僕の手を打ったので、赤い血が流れ出した。
僕は泣き叫びながら、学校から逃げ出した。

母さんは僕を連れて、学校へ戻り、マッキンタイヤー先生を探した。

先生たちには各々喫煙する場所があり、そこで悪態をつき、自分の境遇を嘆いていた。
偽善者どもめ。

母さんと僕は廊下を歩いた。
「マッキンタイヤー先生はどこ?」

母さんは、先生をとんでもない卑怯者と呼び、僕に対して手を出さないように言った。


母さんの怒りは、先生のさらなる攻撃を招いた。
先生は僕をあざけって、野次を飛ばすようになったんだ。

「ほーら、オダウドを怒らせちゃいけないぞ。
なんたって、母ちゃんを学校に連れて来るからな」


母さんが学校に来るのは、もはや伝説になっていた。

弟のジェラルドが、ミドル・パーク小学校にいるときもそうだった。
ジェラルドは、修学旅行に行くのを禁止されたんだ。

母さんは、今から発とうとする指導員の前に立ちはだかった。
「ジェラルドが行けないのなら、誰も行かせません」

指導員は知恵を働かせ、母さんに一杯食わせた。

「あなたがジェラルドと一緒に行くなら、修学旅行に行けますよ」

その時の、母さんの格好と言ったら、頭にカーラーを巻き、コートの下には寝間着を着たきりだった。

指導員は、母さんとジェラルドを残して出発した。





第六章 ここまで。