TAKE IT LIKE A MAN - 和訳 ボーイ・ジョージの自叙伝 第六章
第六章、Chapter6は、ジョージ少年が通う「エルタム・グリーン」の学校生活です。
ここまで読むと、虐められた記述があり、あまり学校は好きではなかったようではありますが、詳しく読んでいきます。
月に1回1章、を心がけていますが、気付いたら1章遅れになってますね。
そのうち、挽回します。
チャプター5はこちら
CHAPTER 6
第六章
エルタム・グリーン・スクールでの思い出は、例えるならヤミ医者の元で、妊娠の中絶手術を受けるのと同じくらい、屈辱的で、忌まわしく、そこで起きた出来事を、僕は忘れてしまいたいよ。
そこでは何ひとつ、誇るべき瞬間も、輝かしい勝利もなく、ただ漫然と長い日々を重ね、月々を経て、何年も無為な退屈だけが過ぎて行った。
どんな自己表現も、個性や感性の芽吹きも、早々に摘み取られ、制圧されてしまうんだ。
投げつけられる単語は「反抗的」「生意気」、二語以上なら「規律に従え」「足並み揃えろ」、こんな言葉を僕は百万回も浴びせられたよ。
僕の成績表いわく
『オダウドは聡明である。もし窓の外の代わりに教科書に目を向けていれば、多くのことを成し遂げるだろう』
エルタム・グリーン総合性中等学校にいるほとんどの時間、僕は窓の外を見て過ごし、空想を描き、うわさ話に花を咲かせ、机にエッチな落書きをして過ごした。
(訳注:総合性中等学校とは、小・中・高を統合した「コンプリヘンシブ・スクール」のこと)
家では励まされたり、褒められることも無かった。
座って宿題をするように言われることも無く、映画に出てくる、教育熱心な両親のように、我が子にプレッシャーをかけることもなかった。
例えばさ。
「あなたは弁護士になるんだから。
退学なんてしたら、将来はいったいどうなるの?」
こんな感じで。
建築業に就くために、教育は必要ないんだ。
母さんと父さんは、あまりに忙しくて、僕たちの学校の勉強に興味をもつ余裕は無かった。
母さんと父さんは専門家に任せておけば安心で、専門家は母さんと父さんに委ねておけば大丈夫だと踏んでいた。
もし君が遅刻したなら、僕の学校では集会場の外にある、白黒タイル張りの広場で待たされることになる。
黒いタイルのひとつに立たせられ、徴兵のように腕をぴったり身体の脇に沿って下げ、姿勢を正しくしていないといけないんだ。
午前9時30分。
ドーソン校長は、駐在のヒトラーよろしく、集会所の階段をカツカツと昇って来る。
広場で直立している遅刻者は、校長の朝食代わりの餌食となる。
まず校長は、君の周りをぐるりと一周し、頭のてっぺんからつま先まで、狂気じみた目を光らせて、ジロジロと舐めるように見る。
もし、君が遅刻の常習者で、用意した言い訳がイマイチなものだったら、校長は容赦なくぶん殴るため、取り調べに余念がなかった。
校長は僕の前に立ってこう言う。
「オダウド。なぜ遅刻したんだ?」
「分かりません、校長」
「分からんだと?オダウド」
「寝坊しました、校長」
「私の用が済むまで、外で待っておれ」
ピーター・ドーソン校長が、このエルタム・グリーンに赴任する前は、ここは評判の悪い学校だった。
ドーソン校長自身は、一定の評価を得た人物だった。
彼は一流の独裁主義者で、体罰の支持者だった。
悪評高いエルタム・グリーンは、校長にとって大きなチャンスだ。
校長をひと目見ればすぐに分かる。
彼の肥大した自尊心は、阻塞気球の大きさに膨れ上がって、空にそびえ浮かんでいるから。
訳注と参考画像:
阻塞気球(そさいききゅう)は、対 低空飛行機用に、たくさんの金属ケーブルでつながれた巨大な気球のこと。
つまり、たくさんのヒモでつないである大きな風船。
ヒモの部分がクモの巣のように、飛んできた戦闘機を引っ掛ける。
イギリスで第二次世界大戦まで量産された。
『校長の自尊心は、阻塞気球のようだ』、とのこと。
校長は、男にしてはチビ助だったが、絶大な支配と力を振り回した。
その迫害は生徒だけに及ばず、先生にも同様だった。
校長はタッセル付きの角帽を頭に載せ、それに合う黒いピン・プリーツ(細かいひだ)のマントに身を包んで、学校中をパレードしつつ、教室を仕切るガラスドアから、中の様子を覗いていた。
そして、集中してないとか、おしゃべりしている生徒を見つけたなら、この黒いマントの小男は、ただちに気が狂ったコウモリのように教室へ飛びこんでいった。
「外へ出ろ」
突然の妨害は先生たちを激怒させ、そしてこの行為は、先生の持つ権威を弱体化させることになった。
校長は、このテロ行為を校内放送へも広げ、授業中にも関わらず、呼び出しを掛けた。
名指しで呼び出しを受けた生徒は、いきなり話題の中心人物になったような感覚に陥り、教室を後にする。
その頃、同級生たちは「あいつ、何をやらかしたんだ?」と憶測を飛び交わせているだろう。
しかし、本当の恐怖は廊下を歩くにつれ、徐々に差し迫ってくる。
生徒は、校内放送で呼び出されたのに、待たされることになる。
時には1時間も待つんだ。
この待っている時間が、最悪なんだ。
ドーソン校長は、ガラスのキャビネットいっぱいに、様々な形や大きさの杖を持っていた。
そのうちのどれかは、他のよりすごく痛いんだ。
校長は、杖のひとつに指をさし、生徒に取ってこさせる。
「かがめ」
▼参考画像。かがんだ姿勢と体罰。
校長は生徒を打つ前に、ゆっくりと待っているのが常だった。
すべては規則正しく、整然と行われた。
ドーソン校長は、じわじわと生徒が追い詰められて恐怖するのを味わっていた。
この一連の行為は、君や僕に尊敬を教えるためのものだそうだ。
ドーソン校長の部屋から廊下続きに、ディーコン副校長の部屋があった。
副校長は、自分に与えられた役割に納得できないでいた。
ディーコン氏は、その見た目から副校長というよりも、頭からストッキングをかぶり、銃身を切り詰めたショットガンを抱えているべきだ。
▼参考画像。「銃身を切り詰めたショットガン」ソードオフ・ショットガン。
『副校長は、ストッキングをかぶってショットガンを抱えているべき』容姿。
その肉体を威圧的にそびやかし、品の悪い角刈りと平たい鼻の持ち主だった。
副校長は、暴力や暴言を吐く前に、少しは人の話に耳を傾ければ良かったんだ。
図書館の係員であるミス・クラインは、中世の引き延ばし拷問台にかけられた犠牲者のようだった。
▼参考画像。中世の「引き延ばし拷問台」。別名「エクセター公の娘」。
(訳考:手足がひょろ長いんだろうか?)
クライン先生の、ショッキングピンク色した口紅は、彼女のコーデュロイのマキシスカートと、フリルネックのブラウスにまったく合わず、浮いていた。
彼女は足に、目に見えないキャスターがくっついているような、軽やかな足取りで図書館内を歩き、ひそひそ話や時折起こる騒動を静かにさせて回った。
ほらまた、男の子たちが書架から本を引っ張り出し、うっかり手を離してドサッと床に落とした。
「もう、たくさん」
彼女は金切り声をあげた。
「お静かに、お静かに」
子どもたちはひどく苛立っていた。
僕たちの英語の先生、ミス・タイラーは、優秀な人だった。
タイラー先生は、ドアを開けたままにして、物思いにふけるニワトリみたいに、そこから出たり入ったりしていた。
先生は真珠と、値段の高そうなニットのドレスを身に着けていた。
タイラー先生は、「トム・ソーヤ」を読むときには、あたかもアメリカ南部小町よろしく、「R アール」の発音をきっちり巻き舌にした、南部訛りで発音した。
なんだか、挫折した女優のようだった。
「あなたちょっと変じゃない?」
先生は、僕の友達のトレイシー・カーターに言った。
「ご存知でしょう」
と、トレイシーは答えた。
訳考:
トレイシーが先生の「南部訛り」の発音を真似て音読したのを、タイラー先生は「変ではないか?」と指摘したが、それに対し、変な発音は先生のせいである、と返答した、という意味だろうか。
美術のリドック先生もまた、素晴らしかった。
彼は高い水準の教育を受けた先生だった。
彼は教材の平皿を、床にぶちまけながら、絶叫した。
「授業は始まっているんです!」
「いいですか ―」
先生は続ける。
「私はね、ド下手くそな尼さんみたいな絵を描く人には、誰一人として私の授業を受けてもらいたくないんです。考えれば分かるでしょう」
彼のクラスで、僕らは何かひとつ選んで描くことを許された。
僕はロバート・プラントとマーク・ボランが、裸の女性と一緒に、頭を寄せてもたれ掛かっている絵を描こうとした。
(訳注:ロバート・プラントはレッド・ツェッペリンのボーカル)
デヴィット・ボウイの「ダイアモンドの犬」みたいなやつ。
▼参考画像。ボウイの「ダイアモンドの犬」のジャケット。
でも、僕が描いたのは、妹のシオバンが学校で電話の受話器を置いているところを、鉛筆画で描いた。
これは、僕が退学になった最後の日に、目にしたものだった。
演劇の授業もまた、楽しかった。
ミセス・キャンキットは、ブロンドの髪をしたヒッピーみたいな先生だった。
先生は、僕たちを木の振りをさせたり、床のあちこちをゴロゴロと転げさせた。
キャンキット先生の授業は、本館に隣接する講堂の外で行われた。
なんだか急に、自由になった気がしたよ。
これまで抑圧されていた僕たちは、キャンキット先生の、生来のやさしさを利用して、彼女に地獄を見せた。
(訳考:授業をめちゃくちゃにしたのだろうか)
だけど先生は、校長先生に言い付けたりするタイプじゃなかった。
キャンキット先生の旦那さんは、僕たちの歴史の先生だった。
本当に結婚しているかどうか、にわかには信じがたいほど、彼は女っぽくて、すごくなよっとしていた。
僕の目は、授業の間ずっと時計に釘付けになり、早く昼休みにならないかな、と待ちわびていた。
学校で出される、キャベツとマッシュポテトの味がお気に入りだったな。
何度もお代わりをしようと、しょっちゅう席を立った。
僕は昼食の時、女の子の友達と一緒に座った。
トレーシー・カーター、シェリー・ユーゴ、ティナ・パーメンターと。
食堂のあちこちには、必ず先生がいた。
先生たちの、悪意でギラつく視線にさらされながら、昼食をとるんだ。
マッキンタイヤー先生は最悪だった。
彼はしょっちゅう僕を立たせ、女の子のいない、他の席へ移るようにしたものだ。
マッキンタイヤー先生には、男の子は女の子と一緒に座りたがるってことが、まるで理解できなかった。
「男女の間に、どんな会話の必要があるというんだ?」
僕は先生の奥さんに同情するよ。
僕の母さんは、このエルタム・グリーンで給食係と、校庭の保全、女子トイレへの見回り、そこへいたずら書きがされないように見張りを勤めていた。
ある日、母さんは、トイレの壁に僕たちの学校の電話番号を書いている一人の少女を捕まえた。
『セックスの相手を探しているなら、ここに電話して。856…』
母さんは、その子が落書きをこすって消すまでトイレに鍵をかけて閉じ込めた。
普通に学校がある日は、午前11時30分頃と、昼休み、それと午後の三回、レクリエーション休憩の時間がある。
雨が降ろうと、雪が降ろうと、僕たちは運動場に押しやられた。
大体の生徒は、だだっ広い灰色のコンクリートで出来た辺りをほっつき歩き、もっと運動したいタイプの子はサッカーをしていた。
なぜ自分から進んで運動するのか、僕には絶対に理解できなかった。
ある生徒たちが、勇敢にも体育館の裏に隠れて、タバコを吸いに行った。
そこで、喧嘩が始まった。
「なにガンたれてんだよ」
「別に。自意識過剰うぜえ」
たちまち拳が飛び交い、野次馬たちが集まってくる。
「やれ、殺せ」
何人かの男の子が、いつも僕を虐めていた。
僕はいじめっ子たちに警告した。
「僕に指一本ふれてみろ。兄ちゃんここに連れてくるぞ」
まあ、ほとんどはただ名前を呼ぶだけなんだけど。
「カマ掘り野郎」「ホモ男」
僕は喧嘩が大嫌いだった。
男の子が数人、門の外で僕を待ち構えている。
だから僕は、フェンスをよじ登って乗り越えるか、植え込みを突っ切って学校に戻った。
ずっと僕を追い回し、なじり続けた赤毛の男の子には、さすがに僕でも業を煮やし、ケリをつけようと思い立った。
僕は言い返した。
「お前んちの家族は、みんなそろってマスかき野郎だ」
ちょうど僕がバスを降りようとしていた時、そいつのパンチが僕の顔にヒットした。
僕は彼をひっつかむと、赤毛頭を金属製のバスの昇降階段に何度も叩きつけた。
みんなが僕を応援する。
「行け!オダウド!そいつをやっつけろ!」
車掌はバスを停め、僕たちを放り捨てた。
バスから出されて、喧嘩は路上へと場所を移して続いた。
僕は何度も殴りつけ、赤毛の服をビリビリに引き裂き、僕の木製のプラットフォーム靴で蹴っ飛ばした。
その後、僕は泣きながら森の中を歩いて帰った。
僕は、この「怒り」という感情が嫌いだった。
本当に彼を殺してやりたかった。
僕は時間割に「体育」の項目を見ると、気が滅入って病気にでもなった気分だった。
母さんは僕のおたより帳に書く。
「ジョージは体育をお休みします」
母さんが書かなかったら、僕が自分自身で書きたいほどだ。
マッキンタイヤー先生は、血走った顔つきをした体育の先生で、せっかくおたより帳に「休む」と書いてあるのに、無視して僕に授業を受けさせた。
「よし、準備しろ、オダウド。体のでかい女みたいな素振りをするな」
僕はマッキンタイヤー先生が大嫌いだった。
サディスティックで、頭の固いロクデナシで。
学年主任で、体育のマッキンタイヤー先生は、繰り返し悪夢に出てくるんだ。
彼の授業を受けるなんて、悪い冗談にも程があるよ。
こん棒でぶん殴ったハギスのような奴が、どうして僕たちに体操を教えられる?
▼参考画像「ハギス」。スコットランドの伝統料理。
手前が輪切りにしたハギス。
先生は、サッカー場ごしに僕を怒鳴りつけた。
「足を上げろ、ラッシー(:スコットランドの小娘の意)」
僕は可能な限り、ボールから遠くはなれて、足をぎこちなく動かし、あたかも参加しているかのように見せかけた。
そこなら、僕にボールが回ってくることは無かったし。
まさしく、90分の拷問だった。
僕はサッカーのユニフォームに身を包んだまま、凍り付いていた。
それと、共同シャワーが恥ずかしかった。
だから、普段の僕ならシャワーを浴びなかったのに、抜け目ないマッキンタイヤー先生からは逃れる術もなく、選択の余地は無かった。
なるべく他の男の子たちを視界に入れないようにしてシャワーを浴び、目線は常に床へ落としていた。
「おい、オダウドのやつが、お前のチンコじろじろ見てるぜ」
「ホモ野郎」
僕はパッと脱いで、ちょっと浸かって、数秒で服を着た。
ある時、マッキンタイヤー先生は僕を「サボり魔」の見せしめとしてクラスの前に立たせ、他の生徒にも注意を促した。
先生は僕に選ばせた。
「手が良いか、尻が良いか?」
僕は手を差し出した。
先生はあまりにも強く僕の手を打ったので、赤い血が流れ出した。
僕は泣き叫びながら、学校から逃げ出した。
母さんは僕を連れて、学校へ戻り、マッキンタイヤー先生を探した。
先生たちには各々喫煙する場所があり、そこで悪態をつき、自分の境遇を嘆いていた。
偽善者どもめ。
母さんと僕は廊下を歩いた。
「マッキンタイヤー先生はどこ?」
母さんは、先生をとんでもない卑怯者と呼び、僕に対して手を出さないように言った。
母さんの怒りは、先生のさらなる攻撃を招いた。
先生は僕をあざけって、野次を飛ばすようになったんだ。
「ほーら、オダウドを怒らせちゃいけないぞ。
なんたって、母ちゃんを学校に連れて来るからな」
母さんが学校に来るのは、もはや伝説になっていた。
弟のジェラルドが、ミドル・パーク小学校にいるときもそうだった。
ジェラルドは、修学旅行に行くのを禁止されたんだ。
母さんは、今から発とうとする指導員の前に立ちはだかった。
「ジェラルドが行けないのなら、誰も行かせません」
指導員は知恵を働かせ、母さんに一杯食わせた。
「あなたがジェラルドと一緒に行くなら、修学旅行に行けますよ」
その時の、母さんの格好と言ったら、頭にカーラーを巻き、コートの下には寝間着を着たきりだった。
指導員は、母さんとジェラルドを残して出発した。
第六章 ここまで。