TAKE IT LIKE A MAN - 和訳 ボーイ・ジョージの自叙伝 第九章
退学してしまった、ジョージ少年のその後、どのような生活を送っていたのでしょうか。
初めての彼氏が出来るのも、この頃です。
CHAPTER 9
第九章
退学したとき、失業率は戦後最高だったけれど、働くつもりが無かった僕は、ちっとも気にならなかった。
2~3か月ほど、僕はあえてこの問題から避け、気が向いたときにだけベッドから起きた。
この素晴らしさったら!
朝ごはんを半分口に詰め込んで、パニックに陥りながら、慌ただしく外に走ることも無い。
うっとりするような多幸感は、しかし短い春だった。
母さんが、ガミガミうるさくなってきたんだ。
「一日中、ダラダラしてるつもりじゃないだろうね。ジョージ、お前が望んで学校を辞めたんなら、しっかり稼ぐんだよ。母さんは、このままにしちゃおかないからね」
しぶしぶ、僕は地元の職業相談所へ行き始めた。
相談所の職員は仕事を探してみたが、やはり難しく、僕に合いそうな仕事を見つからなかった。
そして、皿洗い、厨房の仕事、地元の工場での、輝かしい未来をお勧めされた。
職員たちから、僕自身は何ができるか?と聞かれた。
「なんていうか、何かクリエイティブなもの。劇団の舞台裏でも構わないし、それかメイクアップの腕を磨きたい」
彼らは僕を、まるで気狂いを見るかのような視線で、ジロジロと見た。
「オダウドさん。今挙げられた職種の募集はめったにありません。あなたはもっと現実的になるべきです」
別にロイヤル・オペラ・ハウスとか、リンゼイ・ケンプ付きの衣装係の仕事に、簡単にありつけるだなんて思っちゃいない。
そんなこと僕だって分かっているさ。
▼参考画像「リンゼイ・ケンプ」イギリスの舞踏家、アーティスト。
でも、どうせ働くんなら、僕は好きな事を仕事にしたかったんだ。
最終的には、僕はエルタムのハイストリートにある、テスコでアルバイトをイヤでも始めることになった。
▼参考画像「テスコ」大手スーパー。
僕は、商品の品出しという、クリエイティブな仕事を任された。
最高にうざったい仕事だ。
エンドウ豆の缶を、せっかくきちんと並べたばかりなのに、どこからか主婦がやってきて、整えたそばから下の方の缶を引っ掴むと、ガラガラ倒しながら持って行くんだ。
それでも、僕が始めた最初の仕事だし、週に1度だけだから、なんとか耐えた。
僕は母さんに、家事をやってもらっているかわりに数ポンド払っていた。
これで僕は、自分のやりたいことに打ち込める、と実感した。
僕は仕事中に、クレイロール(訳注:ブランド名)のヘアブリーチを、こっそりとポケットにすべり込ませた。
ついに僕は、ブロンドの髪にすることに決めた。
ツケはテスコが払ってくれるだろう。
僕はトイレに鍵をかけて閉じこもり、すでにヘナ染めにしてあった髪に、ヘアブリーチを塗り付けた。
まさか、赤色が一番落としにくい色だとは知らなかったよ。
僕の頭は、色見本のように変色してしまった。
オレンジ、黄色、白に。
すごく良かった。
僕はなんとかして、母さんに翌朝まで出会わないようにした。
朝、母さんは僕を起こしに、寝室に入ってきた。
「ほーら、起きなさい。四六時中、ベッドに入ってるもんじゃないよ」
布団をめくった母さんは、僕の髪を見て悲鳴を上げた。
「なんの動物?!ジョージ、家から出ちゃいけないからね!聞いてるのかい?!」
そう叫んで、母さんは家を飛び出すと、外の店で買ったらしい黒い染毛剤のパックを握りしめて、戻ってきた。
「早いとこ、トイレにお行き!忌々しい、その髪の色を戻してきなさい」
僕は、新しい髪の色を気に入っていたから、
「どうして?何が悪いの?それに、僕の髪だろ?」
と、母さんに懇願した。
「じゃあ、あんたの頭が正しいって言いたいのかい?どこから見てもカカシにしか見えないけどね」
しかし、母さんの小さな策略は、結果から言えば失敗だった。
母さんが買ってきた染毛剤を使って、僕は髪を染めなおしたら、ブルーブラックになったんだ。
まるでパティ・スミスみたいで、すごく満足だった。
▼参考画像「パティ・スミス」アメリカのミュージシャン。
ポーリーンおばさんが、僕の家に立ち寄って言った。
「おやおや、なんてこと。お前、髪をどうしたんだい?どう見ても病人だね」
母さんは答えた。
「もう30分早くうちに着ていたら、カナリヤ色が見られたもんだよ」
▼参考画像「カナリヤ色」カナリーイエローとも言う。
テスコの買い物客は、ギンガムチェックのオーバーオール、左右で色の違う靴下、ビニールのサンダルを履いた僕を見て、驚いて二度見してきた。
彼らは僕のツンツンに立てた髪を見て言った。
「こりゃまた。電気コンセントに指突っ込んだんかい?
それ、ケン・ドッドだろ」
▼参考画像「ケン・ドッド」イギリスのコメディアン。
テスコのスーパーバイザー(監督者)は、僕の髪型を見て見ぬふりした。
労働奴隷たちが、どんな見た目をしていようと、奴らは気にしないのさ。
僕は倉庫に積んであるドッグフードに隠れて、可能な限り昼寝をした。
連日のクラブ遊びで疲れがたまって、次第に品出しにやる気が無くなってしまったんだ。
いつも15分から20分は遅刻していた。
日を追うごとに眠い目をこすり、疲れた犬のようにハアハアと息を切らすようになった。
バイト代は8ポンドだったけれど、それじゃあ毎日使う僕のヘアスプレー代にも足りない。
でも、気にしなかった。
基本的に、僕は夜を中心に活動していた。
日が暮れるのが待ちきれなくて、仕事が引けるとすぐオーバーオールを脱ぎ捨て、ブラック・プリンス(訳注:ナイトクラブの名称)へ行く準備をするために、大急ぎで家へ帰った。
僕が頑張って働いていたのは、母さんが厳しかったから。
母さんは、僕がしっかり働いて、見た目が「きちんと」するまでは、僕に失業給付を取らせなかったんだ。
仕事を始めてから、僕の生活態度は改善されたけれど、それはテスコのいい加減なタイムカードのせいで、僕が解雇されるまでのことだった。
あいつらは、いきなり直前になって、僕に辞めろと通告してきた。
さすがに僕はカッとした。
僕は5週間もの間、タダ働きさせられたことになる。
怒りのあまり、僕は倉庫にある輸送パレットをいくつかひっくり返してから飛び出して来た。
母さんは腐っている僕に、他の仕事を探せ、と厳命してきた。
「すぐだよ。早くおし」
僕は地元誌に目を通し、週末限定の仕事があるのに気づいた。
チズルハーストにある、「タイガーズ・ヘッド」というパブで、客席から空になったボトルや、グラスを回収する仕事だった。
▼参考画像「チズルハーストにある、タイガーズ・ヘッド」(本物)
パブの経営者は、僕の染めた髪や、目立つ服装を見ても動じなかったし、仕事にスキルはほとんど必要なかった。
バイト代はケチなくらい少なかった。
だから、足りない分のバイト代を補填するつもりで、貯蔵庫のソーダ・サイフォンを失敬して、酒屋に横流しした。
ボトル50本分はもらったかな。
で、割れたグラスを僕に拾えと命令してきて、激高したお客さんとケンカ騒ぎを起こしたために、僕はお払い箱になった。
お客さんが激高したのは、僕が彼に言い返したから。
「君がグラスを落としたんなら、君が拾いなよ」
この緑豊かなチズルハーストで、僕は『お客様は神様である』ということを知った。
僕のタイガーズ・ヘッドでの仕事はこれでおしまい。
ローラ・マクラハランは、僕がいつもつるんでいる仲の良い友達で、僕たちはなんていうか、「女友達どうし」だった。
僕たちの関係は、常に純粋なままで、だからずっと仲良くいられるんだと思う。
エルタムグリーン時代の、救いようのない僕の恋物語のあとでさえも、それは続いた。
ローラは、シューターズヒルからオックスリーズ・ウッドを通って、5分ほど歩いた、エルタムパークにある、チューダー様式を真似た、かび臭い屋敷に住んでいた。
彼女の大きな家は、僕たちをすっぽりと飲み込むように包んだ。
ビクトリア朝時代の古ぼけた家具が備え付けてあり、淡い青色のシェーズ・ロング(長椅子)、あちこち避けている革のソファ、ほつれた中国綿のカーペットは、優美さが色あせていた。
彼女の家庭生活は、不安定ではないにしても、何が起きるか分からなかった。
その家の子どもたちは、ローラの他に、アンディ、シャーロットがいて、子どもたちが毎日の生活を切り盛りしていた。
ローラたちのお母さんは、オリーブと言う名前で、近所に彼氏と一緒に住んでいた。
お父さんは、数マイル離れたキャットフォードに住んでいた。
アンディと、シャーロットは双子だったけれど、全然似ていなかった。
シャーロットは、イーグルス、バッドカンパニー、レッドツェッペリンにのめり込んでいた。
そして、誰とも付き合わず、一緒に住んでいない両親の役割を担い、手あたり次第、あれこれと指示を出していた。
アンディはソウルが好きで、パンクには気乗りしなかった。
僕たちはアンディを、「スプリンター(訳考:はぐれ者?)」「ツイズル」「ヒョロガリ」と呼んだ。
▼参考画像「ツイズル」テレビ番組『ツイズルの冒険』のキャラクター名。
彼はヒョロっとしていて、存在感が薄かった。
僕は、アンディは横断歩道で迷子になるんじゃない?と、冗談を言った。
ローラの、両親がいない環境は、思い切った新しい服装を試したい僕たちにとって、安全な場所だった。
僕たちは、何時間も服を着替え、後ろから前から試してみたり、髪をジェルで固めたりした。
僕はメイクアップアーティスト役を引き受け、ローラと、ローラの友達でロレーヌ・プライスにお化粧を施した。
だけど、僕のメイクの技術は、まだまだ未完成だった。
アンディは、美容師の研修生だった。
僕たちは、アンディの美容師としてのスキルに驚き、無料で髪を切ってくれと嘆願した。
彼は僕の後頭部を、大きくⅤの字に剃り上げた。
「ああ、なんて事」
母さんは、ギャーギャー騒いだ。
「お前それ、なんかの手術跡みたいじゃないか。なんて見っともない」
僕はしょっちゅう、後ろを歩く通行人が、僕の後頭部を見てギョッとするのを、肩越しに見ては楽しんでいた。
アンディは僕たちをモルモットよろしく実験台にして、剃り込みにラインを入れたり、アシンメトリー(左右非対称)に髪をカットした。
ところで、オリーブがいつ現れるのか、誰も知らなかった。
彼女は、突然ドアをガチャッと開けて、なぜ冷蔵庫は空なのか、なぜパンが無くなっているかを強い口調で問いただした。
子どもたちはいつも、母親の訪問にひどく怯えて暮らしていた。
ローラは反抗的だった。
「好きなときに来て、あれこれ私に指図なんて、できる立場じゃないでしょ」
ローラは僕をたきつけて、オリーブに対し生意気な態度をとるようにさせた。
僕は、彼女の家の浴室で髪を染め、冗談でタイルに『オリーブ殺す』と染毛剤で書いた。
オリーブに冗談は通じず、僕は追い出された。
オリーブは、ハリケーンの突風が吹き込むように現れ、あれこれと命令や雑用を言い付け、そして同じくらいのスピードで出て行った。
オリーブという人は、僕は経験したことのない存在で、僕は彼女に魅了された。
彼女は引退した校長先生のような雰囲気を持ち、躁病で口やかましく、白髪で、とがった顔立ちをしていた。
彼女はタモシャンター帽子をかぶり、緑色のタータンチェックのショールを羽織り、長いプリーツスカートを履き、フラットシューズを履いていた。
▼参考画像「タモシャンター帽子」スコットランド起原のボンボン付きベレー帽。
僕は、マクラクラン家の子どもたちが妬ましかった。
彼らは自由を謳歌している。
オリーブの訪問があっても、彼女がどんなに神経質でも、それは頻繁には来なかった。
まるで、しつらえた天国だ。
オリーブは、決まった時間には家にいるように、と怒鳴って行ったが、子どもたちは好き放題、出たり入ったりしていた。
木曜日の夜、ローラ、アンディとロレーヌ、そして僕も一緒に、ベクスリーヒースにあるブラック・プリンスへとみんなで行った。
ブラック・プリンスは、チューダー様式のパブで、二車線あるA2道路が交差する場所にある。
そこのパーティホールでは、変わったディスコが開催されていた。
残念なことに、ブラック・プリンスまで行けるバスは無いんだ。
だから、行きたかったら誰かの車にタダ乗りをねだるか、お金を払ってタクシーに乗るしかない。
僕の場合は、家から5マイル(訳注:約8キロ)歩くか、近くまで父さんに乗せてもらっていた。
ブラック・プリンスに行くためなら、何でもしたさ。
ブラック・プリンスで流れていた音楽は、主にディスコかファンクで、時々ロキシーミュージックやボウイの曲が掛かっていた。
そこにいる人たちの大半は、ソウル系の格好をしていた。
スミス・アメリカン(訳注:ブランド名)のジーンズ、よく手入れされた明るい色のモヘアのジャンパー、ラップラウンド型(訳注:目の周りを覆う形)のサングラス、つま先のとがった靴を履いていた。
中には、完全にこだわった人もいて、ビニール袋を着てズボンを履き、羽根のイヤリングをして、安全ピンを自分の耳と、服にたくさん留めていた。
▼参考画像「ビニール袋を着る」のは、初期のパンクの格好らしい。
僕はブラック・プリンスでたくさん友達が出来た。
ジェーン・モーガンは一番の顔利きで、約188センチの長身をビニールのゴミ袋で出来たドレスに包み、ミック・ジャガーのような厚い唇をしていた。
ジェーンには、独自の遊び仲間がいた。
叫ぶシオバン(スクリーミング・シオバン)、馬のテリー(ホース・テリー)、無口なベリル(クワイエット・ベリル)、サラ、カーラ、アンドレア・アーノルド、そしてレニー・ザ・アナグマヘアー(アナグマの髪型)
ケンティッシュの地元紙である、インディペンデント紙は
『ベクスレーを見る。それこそアーノルドのことだ』
という記事を掲載した。
1976年10月。
イギリスの新聞社界隈のタブロイド紙は、火災の記事で一面を賑やかした次は、パンクロッカーに目を光らせていた。
彼らは、アンドレア・アーノルドが僕たちのリーダーだというと、あざけるように僕らを「アーノルズ(アーノルド達)」と呼んだ。
記事が発行されると、人々は往来で僕らを「おい、アーノルド!」と呼び掛けた。
僕にとって、それが初めて経験する甘美な名声だった。
それで、ジェーンを真似て、テスコのレジ袋でベストを作って着て、見切り品の赤ちゃんのおしゃぶりを、首周りにぐるっと飾った。
ジェーンは、僕が尊敬する、数多くいる女の子の一人だ。
彼女の性格は傲慢で、そして奔放な性生活を送っていた。
ジェーンは、僕が何週間も目で追いかけていた、レニー・ザ・アナグマを、きちんと行動して、彼を追い求めるように勇気づけてくれた。
レニーの髪型は、パンクパンドのスージー・アンド・ザ・バンシーズのスティーブン・セヴェリンのように、真ん中をくっきりとした白いラインで分けていた。
▼参考画像「アナグマ」
彼は確かに変わり者だったけど、その一方で、みんなも変わっていると僕は思った。
レニーは、いつも僕を見ていた。
パーティで、ついに僕はレニーにキスをした。
自分を奮い立たせるため、無我夢中でストローで飲んだ大量のペルノが、僕を後押しして、彼に突進したんだ。
▼参考画像「ペルノ」は強いお酒の名前。
僕は全身が手と舌になった。
レニーのズボンのジッパーを下ろすまでは何年もかかりそうだったけど、僕はあえて下を見ないようにしていた。
彼のペニスはバナナのように反り返った形をしていて、でも、それが良かったし、いよいよフィニッシュは、僕の手の中だった。
レニーは僕の最初の彼氏だ。
僕は当然、世間に向けてレニーは彼氏だと伝えたかったし、少なくともブラック・プリンスじゅうには言いたかった。
でも彼は、僕たちの事は黙ってて、と言った。
ビールを何杯かあおらないと、決心できない数ある男の子のうち、真っ先にいそうなのがレニーだ。
彼とのセックスはめったに無くて、あってもパーティの片隅の暗がりか、人気のない路地で、手探りでゴソゴソする程度だった。
それでも構わなかったのは、僕は狂おしいほどの愛を、自分の中に感じていたからだった。
恋に恋するっていうか、これぞ恋愛至上主義というやつ。
僕は必死過ぎて、それが鼻につき始めていたんだと思う。
ある日、レニーと僕はクラブから家に帰る途中で、ブラックヒース・ヴィレッジを通りがかったところだった。
ガラの悪い男の子の集団が、一同こっちに歩いてくるのが見えて、僕はレニーの手を取って、僕の手に握らせた。
それを見て、そいつらは口々に「変態だ!」と大声で囃し立てた。
レニーも負けずに、怒鳴り返した。
僕は、彼らに殺されるんじゃないかと心配になって、レニーに怒鳴るのを止めるよう、お願いした。
ラッキーなことに、彼らは何もせずに歩き去っていった。
何週間か前に、僕たちは黒人少年の集団に、食って掛かったことがあって、レニーが怪我をした事があったんだ。
レニーは「俺に黙れと言うんじゃねえ!」と叫んだ。
僕は、レニーが怪我したら嫌だったから、と言ったけれど、聞く耳を持ってくれなかった。
彼はまだ怒鳴り続けていた。
「俺に指図すんな!俺はお前の持ち物じゃねえ!」
僕はひと言、彼に「失せろ」と告げた。
レニーは僕を置いて、ブラックヒースの中を駆け去っていった。
それからというもの、僕たちは口をきかなかった。
僕はひどく取り乱していた。
当然、彼は僕を避けていて、二人きりにならないようにしていた。
でも、レニーがそんなにヒステリックに怒る理由は、どこにもなかったはずだ。
いくら電話しても出てくれないし、レニーの両親は、「外出中だ」としか言わなかった。
僕は彼の家の外に立ったまま、寝室の窓をずっと見つめていた。
一目だけでも僕に会って欲しかった。
それで、レニーが何を失ったかを分かって欲しかった。
自己憐憫で気が狂ったようになり、クリスマスボトルのウィスキーを1本と、ジンのボトル半分で、僕は出来上がった。
僕は気狂いのように、我武者羅に夜の中をひた走り、ウェリングのハイストリートにある道路の真ん中に出た。
そこは3マイル(4.82キロ)離れた場所だった。
女の人がいて、僕を家に連れ込んだ。
僕は彼女に押し倒されるんじゃないかと思って、そのおかげで正気を取り戻したんだ。
今でも、ウィスキーやジンの匂いを嗅ぐと、吐きそうになるよ。
ある時のことだ。
ブラック・プリンスで踊っていると、僕は誤ってソウルの格好した男の子の手から、飲み物を叩き落としてしまった。
彼は僕をぶん殴り、襟首を掴み上げた。
「ごめん、わざとじゃないんだ」
僕は謝った。
彼の獣じみた反応に、僕は縮み上がってしまった。
それで、コートを引っ掴むなり、出来るだけ早くその場から離れたんだ。
これが郊外にあるクラブで起こしたトラブルだ。
凶悪犯は、常に流行より勝るものだ。
僕とトラブルを起こしたソウルの男の子は、もめ事をおこす常習者の、サッカーのフーリガン(訳注:ならず者の意味で、暴徒と化すサッカーのファンを差す)だった。
もし、誰かが悪いことをしていたり、あるいは良くない言葉を言うのを、彼の目にふれたら、それを因縁に殴られることはよくあった。
「俺の飲み物をこぼしたな」
「俺の女を見てただろ」
この辺りのクラブでは、暴力事件がいくつか起きていた。
もし、誰かがビニール袋を着ていたり、何か人とは違うものを着ているのを見かけたら、ださいソウル少年たちは、たちまち怒り狂うことだろう。
ジェーンがミニバスを借りてきて、僕たちはイルフォードにある最高のソウルクラブ、レイシー・レディーに行くことが出来た。
僕は例のテスコのレジ袋で作ったベストを着て、唇に安全ピンが貫通しているような、フェイクピアスをつけて行った。
そこでは、僕たちが一番奇抜でパンクだったな。
でも、僕はそこが嫌いで、すぐに出たかった。
暴走するソウル少年たちの、攻撃的なぎらつく視線を感じて、僕はびくびくしていたんだ。
週末に、僕たちはグローバル・ヴィレッジのチャリングクロス駅のガード下にある、今やヘブンという名前で知られているクラブに行った。
▼参考画像。ガード下の「ヘブン」
僕は幼く見えたから、クラブのバウンサー(訳注:用心棒の意味)は、何度も僕を追い返そうとした。
週ごとにグローバル・ヴィレッジへ行ったのが、僕の人生の注目すべき出来事となった。
そこにもソウル少年たちが、同じようにのさばっていたけれど、僕はそのクラブが大好きだった。
列になって並んでいる全ての人とおしゃべりしたり、ふざけて冗談を言ったり、顔を売って回ったり、仲間に加えてくれる人と友達になったりした。
入店待ちで、入口からズラリと並んだ人々の列は、クラブの中と同じくらいエキサイティングだった。
皆こぞって、めかしこんでいた。
やかましく叫ぶトロッター姉妹の、デビーとジェーンは、オーバーサイズで蛍光色の服を着ていて、それが彼女たちのキーキー声には良く似合っていた。
姉妹は、道の突き当りを曲がり、ヴィラーズ通りに向かって叫んだ。
「トロッターはここにあり!トロッターのお通りだ!」
店外は、着飾った人が溢れ、まるで大きなファッション・パレードのようで、誰もが注目し、あるいは隣の人に、肘で軽く突いては、指を差してささやきあった。
「あいつを見てみろよ」
「あの子、どう思う?」
特にお金をかけていなくても、有名人である必要もなく、ただ「ルックス」さえ良ければ、君だってスターになれるんだ。
ビラリキー(地名)から来たブレンダか、もしくは、ウーリッジから来た、痩せっぽちのジョージに、君が満足できたかは分からないけれど。
ファッションは、ハイストリート発って言っても、過言ではなかった。
僕たちは冗談を言い合った。
「そのうち、ドロシー・パーキンスが着ている、細身のドレスが売られるかもね」
だけど、僕の自宅での服装は、両親にあれこれ指図された。
「そんな恰好で、表に出るんじゃありません。ねえ、ジェリー。ジョージを見て」
父さんは、新聞から顔をあげ、僕を上目で見上げた。
「ジョージが、痛い目に遭いたいんなら、別に良いんじゃないか」
母さんは続けた。
「ご近所さんに、なんて言えばいいのよ」
僕は笑った。
「母さんは、あんまりお隣とは話をしないじゃないか。だいたい、誰が気にするっていうのさ」
母さんは、外に出ようとする僕を遮って、玄関のドアを背で隠した。
「そんな恰好で、外を出歩いちゃいけません」
僕が最初に、ウェッジソールの靴を履いた時、母さんはうめき声をあげた。
それから、僕のアロハシャツと、オーバーオールを、ひどく嫌っていた。
だけど、裂け目のある服と、大量の安全ピンで、母さんは限界を超えた。
僕は慌てて、パンク系の服をキャリーバッグに詰め込んで、寝室の窓から投げ落とし、僕のソウルメイトでもある、ローラの家へ行く準備をした。
ある週末。
僕たちは、みんなでパジャマや寝間着を着て集まった。
ジェーンは、テディベアを抱え、おしゃぶりをチューチューしていた。
僕が着て行ったのは、青いストライプで、オックスファムで手に入れた、精神科の入院患者が来ている、パジャマだった。
往来の人々は、それが慈善事業のための仮装行列だと勘違いして、僕たちにお金を渡そうとしてきた。
僕たちは、チャリングクロスにあるスピード写真用のブースに、一束になって寄せ集まり、写真を撮っては、競って写真を奪い合った。
「これ、本当に良く撮れてる。僕がこれをもらう」
そして、僕たちの仲間全員が、同じ電車に乗った。
ローラ、アンディ、ジェイン、アンドレア、ロレーヌ、それから僕。
それぞれの最寄り駅から、ダートフォード線に次々と乗り込み、僕たちの奇抜な頭が、ひょいっと窓から見え隠れした。
「こっちだ。早くこっちに乗って!」
第九章、ここまで
この九章を和訳するにあたり、機械が苦手な、ねこあるきには、多大なる困難がありました。
ようやく、ここまでたどりつきました。
おまけ
安全ピンの、たくさん付いた服を着た、ジョージ。
たまたま、見つけたものです。
何歳くらいの、画像なんでしょう?