2019年6月2日日曜日

TAKE IT LIKE A MAN - 和訳 ボーイ・ジョージの自叙伝 第五章

 TAKE IT LIKE A MAN - 和訳 ボーイ・ジョージの自叙伝 第五章


第五章、チャプター5は父親ジェリーことジェレミア・オダウドと、その家族です。

ジョージ少年を囲むのは、個性が強い母方の親族、エキセントリックなご近所さん、なかなか馴染めない学校と読み進んできましたが、父方はどうでしょう。


そして、私事ながらいつもお待たせして申し訳ございません。


チャプター4はこちら


CHAPTER 5
第五章

まだ子供だった僕でさえ、父さんが不満を抱えていることは勘付いていた。

経済的な理由から、父さんはその場その場で得られる仕事に甘んじていたけれど、それはただ坂道を転がるように、父さん自身の状況を悪くしていくだけだった。

育ち盛りの6人の子どもを食べさせ、さらに家賃の支払いもあり、生活のすべては、父さんの肩にのしかかっていた。

父さんは、自分の親族から孤立するプレッシャーを受け容れていたし、職場で起きた問題が、プライベートまで侵食するのも良しとしていた。

やがては、それが問題であるという意識すら、無くなっていった。


「エルタム装飾業。標準労働時間、出来高ではなく、定額払い」

父さんの名刺には、このように書かれていて、父さんは文字通りそのままだった。
父さんは実直で、顧客を友達のように扱った。
顧客らは、お世辞を見返りにして、支払いを完済しなかった。


父さんは仕事以外ならば、いろんな面でタフな男だった。

父さんの仕事仲間は、耳に手巻煙草をはさんだ酔っぱらいや、腕の悪い鋳掛屋などの胡散臭い連中で、僕たち家族は運に見放されたと思っていた。

困りごとがあったら、ジェリーのところへ行け、彼なら助けてくれる。

そいつらは朝一番に、僕たちの家の周りで落ちあって、台所へ入り込み、腰を下ろしてはフーフーと、またはズルズルと音を立てて、お茶を延々と啜っていた。

僕は交わされるバカげた無駄話にイライラしたし、家の中は、ゴールデン・バージニアのひどい臭いで満たされていった。


▼参考画像:ゴールデン・バージニア(手巻煙草)



父さんは気付いていなかったけれど、これは明らかなプライバシーの侵害だ。
もちろん、僕たち家族は不愉快で、安心して朝食なんか食べられたものじゃなかった。
母さんも苛立って、気が狂いそうになっていた。


父さんは、新しく建てられた家の装飾を始め、競合する他の企業よりも安く請負って、評判を高めるためだけに、気乗りしないまま働いた。

何年かの働きが実って、父さんはクアドラント・ハウジング(訳注:大手の住宅会社)との間に、ホームレスと保護観察処分になった人へ向けて古くなった不動産を改装する契約を勝ち取った。

この時父さんは、いくつもの仕事を掛け持ちしていて、一日中、現場から現場へ、オンボロの緑のベッドフォードのバンで移動し、仕事仲間との「お茶会」から外れて、納期を守ろうと努力していた。


父さんは、真っ当な収入を得るようになった。
問題は、それをどう使うかではなく、彼がタダで人に与えてしまうのをどう辞めさせるか、ということだった。

父さんが多くのお金を、馬や、自分の懐を痛めないためだけにすり寄ってきた、上っ面だけの都合のいい友達に対して浪費するのを、母さんは見てきた。

誰でも泣けば、いつも父さんは大きな仕事用のバケツを手にして、涙を受け止めに駆け付けた。

見知らぬ人や、親戚から見れば、父さんはとんでもなく慈悲深い存在に見えただろう。


母さんは碌な洗濯機を持っていない事に愚痴をこぼした。
それは、父さんが装飾業を営んでいるのに、自分の家をきちんとしていない事を意味していた。

「建築家と一緒に住んでいるからと言って、自分の家の装飾まで保証されるわけじゃないわね」
母さんは正しかった。

父さんが自分の家の台所に手を入れて、まともに仕上げるまで10年も掛かったんだ。


父さんは独りでいるのが大嫌いだった。
誰かと行く個人的な旅行の話をするために、父さんは子供たちに学校を何日も休ませた。


父さんの、一日の締めくくりにはいつもフライアップとお茶が付きものなので、油で汚れた軽食堂に足しげく通っていた。
何時間も食堂に居座って、そこにいる人たちとおしゃべりをするのが常だった。

その様は、まるでダリッジ(ダルウィッチ)にある軽食堂を営んでいる、ドラァグクイーンのバブルスのようだ。

バブルスは、かつてチャールトンにあるバレー・クラブでパフォーマンスをして過ごし、その傍らソーセージと玉子、それとポテトのフライを盛りつけた料理を、いかつい建築業者へ供していた。

彼、バブルスは皆に愛されていて、誰かがいやみを言おうものなら、このずんぐりむっくりした巨漢のクイーンは、そいつの鼻っ柱をへし折ってやったものだった。


ウーリッジでも、ダリッジでも、ペッカムでも、オールド・ケント・ロードでも、父さんは良く顔が知られていた。
「やあ、ジェリー」の声を掛けられずに、父さんと一緒に通りを歩くのは無理だろう。

父さんはしょっちゅう、僕をバンに残して何時間も待たせたままにしていた。
「悪いな、せがれ。あいつとは数年ぶりだからさ」


父さんは個性的で変わった人物の取り巻きになるが大好きで、彼らから奇妙な物語を聞いたり、その人たちのためにティーカップを揃えていた。

そのうちの誰かは、本当にチャールズ・ディケンズの小説に出て来そうな感じで(訳注:下級層の弱者のこと)、その顔立ちは1000年ものの老木のようだった。

それから、ビル・プーリーは愛すべきならず者で、戦争で魚雷になった話をしていた。
彼のお気に入りの言葉は「サブ」だけど、「サブマリン(潜水艦)」というより、「サブシティ(助成金)」に近いと思う。

ビルは自分の持っている自転車を、助成金をもらうために質に入れ、得たお金でビールを買うか、賭けごとに使っていた。
せっかく手に入ったお金も、競馬に全部突っ込んで、失くしてしまった。

父さんがビルに仕事を与えれば、決まって予備の乳剤を1ガロン(訳注:4.5リットル)、彼の元に残しておいた。
父さんは、ビルが何か盗まなくては気が済まないのを知っていて、わざと乳剤を盗ませて、事を済ませていた。

父さんはビルに肩入れしていた。
いわく、ビルは自分の人生を豊かにしてくれたから、とのことだった。


僕たちのいとこ、テリー・コールターが、仕事仲間に加わった。

彼は6フィート(182.88cm)の身長と、肩まで髪を伸ばし、口を開けば悪態や罵声が次から次と、彼一人でも500人ものミルウォールのサポーター(訳注:サッカーチームのサポーター。フーリガンとして悪名高い)がそこにいるようだった。

テリーは愛嬌があって、その他の連中ほど年老いてはいなかったが、ベッドから彼を起こすには、年寄りを起こすのと同じくらい時間が掛かった。


それと、アルビー・レークも加わった。
父さんは、行政から要請を受け、保護観察処分になったアルビーを受け容れた。

アルビーは賭博で刑務所に入っていた。
彼は収集癖があり、釘で固定されていないものなら何でも盗んだ。

2,3日姿を見せなかった時は、彼が馬で勝った時だと父さんは分かっていた。

アルビーの家族は彼を拒み、アルビーは行く宛ての無いホームレスになっていた。
父さんが古い家屋の改装するときに、部屋のひとつをオフィスにして、キャンプ用のベッドを設置し、改装が終わるまでアルビーの一時的な住処にしていた。
もし誰かが『そこで何やってるんだ』と聞けば、父さんは『アルビーは仕事道具と、財産を守っているんだ』と答えるだろう。

叔父のアランは、チェ・ゲバラみたいなヒゲと、抜け目ない目つきをした犯罪者だったが、アランは父さんのために働いた。
父さんは家具に囲いを付けていなかったので、代わりにアランが作って付けてくれた。

アランは、テリーの妹のティナと結婚していた。
ティナは鉄の棒を使って、アランにいう事を聞かせていた。

彼女は、スレート工が持っている釘袋みたいなオッパイをぶら下げたゴーゴーダンサーで、漂白したブロンドの長い髪と、天を突くようなまつげをしていた。

訳注)ゴーゴーダンサー:ナイトクラブでセクシーなダンスをする。

▼参考画像:釘袋。(みたいなオッパイ)


彼女は、マイク・リーの演劇から抜け出してきたみたいな人物で、僕はティナが好きだった。

横柄なところも、思いあがったところも。
僕の母さんとは全然ちがって、下品でがさつだった。

アランとティナの住むアパートは、流行の最先端のものが全部置いてあり、アランはティナが望むものだったら、何でも手に入れていた。

残念なのは、アランはその支払いを忘れていたこと。

アラン夫婦がパーティに来る時に、僕は赤ちゃんのお守りをするため、彼らの家に出向いて行った。
ティナの出かける身仕度は、見ていてすごく楽しかった。

マスカラだけで少なくとも1時間はかかっていて、何層も重ね付けをしたあと、髪を整えてセットするのにも、さらに1時間は必要だった。

彼女は巨大なリング状のイヤリングと、裾がAラインでホルターネックのドレス、それにプラットフォーム・ブーツを履いて、その装いは言葉以上で、きっと君には想像もつかないものだと思うよ。



▼参考画像:大きなリング状のイヤリング(イメージ。マネキンが装着してます)




▼参考画像:ホルターネック。首の後ろで一つになった襟のこと。





▼参考画像:70年代のプラットフォーム・ブーツ(イメージ)





ティナは狂気じみて嫉妬深かった。

ある土曜日に、ティナはジョシーおばさんと、母さん、それにアランと一緒にウールワース(訳注:スーパーマーケットの名前)にいた。

そこで、ウーフー糊のプロモーション販売をやっていた。

▼参考画像:ウーフー糊。ウーフーグルー。





カウンターの影にいた、売り子の女の子が、アランに向かって「ヤッホー」と声を掛けたんだ。

途端にティナは激高し、女の子を殴りつけ、叩きのめしてしまった。
一緒にいた母さんは、お菓子のカウンターの後ろに隠れた。


ティナはアランにとって、恐るべき存在だろうが、その一方で、ティナには優しい面もあったんだ。
彼女は心の底で、ひどく不安に怯えていた。

一度、僕が赤ん坊のお世話をしに行ったときなんかは、ティナが厚底靴を投げつけるのを止めるまで、幼いいとこのビリーと寝室に隠れなきゃならなかった。

彼女は陽気で面白い人物だったと思う。
あるときなんか、僕にお金をいくらか渡しながらレコードを買ってきて欲しいと彼女は頼んできた。

そのレコードの名前を「ビニース・ザ・ニー(膝の下)」と言った。
「この歌知ってるわよね、『ビニース・ザ・ニー。私はあんたに夢中なの♪』」

彼女が言っている「ビニース・ザ・ニー」は、本当はブロンディの「デニス」が正しいんだ。(邦題:デニスに夢中)


ティナはいつでも、夫のアランが使うお金に関して気前が良かった。

毎週金曜日、アランは自分が買ったものは何でもティナに渡すから、彼女はそれをハンドバッグに詰め込んで、パンパンにカバンを膨らませたまま持ち歩いていた。

ティナとテリーは、父さんの姉であるジョシーおばさんの子だ。

ジョシーおばさんが結婚した夫のビリー・コールターは、元プロボクサーで、強盗でお縄になって有罪判決を受けていた。

ビリーは7年間、刑務所暮らしをし、その間に彼が設けた小さな家庭はバラバラになってしまった。

ジョシーは愛らしくも、悲しい女性だった。
彼女はハッとするほど美しく、父さんと同じく、ローマの彫刻のような面持ちをしていた。

ジョシーはその頃、30~40台だったのに、ティーンエイジャーのような格好をしていて、露出度の高いミニドレスに、縫い目のあるストッキングを履いていた。


▼参考画像「縫い目のあるストッキング」





ただでさえ、スタイル抜群なのにさ。



ジョシーの家庭では、怒鳴りあいの喧嘩が絶え間なくあった。

父さんは、この悲哀に満ちた姉のジョシーを深く愛していたから、彼女を助けるために決まって外へ連れ出していた。

夫であるビリーは、自分の妻ジョシーを冷遇し、妻と子供たちを、飲み屋の外へ逃げ出すまで蹴りつけた。

そんな扱いを受けても、彼女は夫の元へと戻るのだった。
ビリーが収監されている間、ジョシーはすっかり酒におぼれてしまった。

彼女は、面会を拒否されて手持無沙汰になった時以外は、忠実に彼を待っていた。


僕たちはクリスマスを、ジョシーとメイおばさんを加えてよく過ごした。

ジョシーは酒瓶を家中の至る所に隠して、いかにも素面であるかのように振舞っていたけれど、彼女が何をしているのか、そこにいる誰もが分かり切っていた。

あるクリスマス、僕たちはちょうど夕食を始めようとしていたところに、突然ビリーが現れて、正面玄関の外で、気が狂ったように大声で怒鳴り散らした。

「ジョシーをここから逃がしておけ」

父さんはそう言い捨てると、怒りに任せてビリーを追いかけて行った。
ジョシーは泣きながら、僕たちのクリスマスを台無しにしてしまったことをひたすら詫び続けた。

母さんは性根が据わっていて、この阿鼻叫喚の中、黙々と芽キャベツを皿に盛りつけていた。


母さんがジョシーと仲違いした時は、僕たちに彼女のところへ行ってはいけない、と言った。
僕たちはこっそりと、身を潜めてジョシーの家へ遊びに行った。
僕はジョシーの元を訪れるのが好きだった。

彼女は僕らの世話をしてくれたが、もう僕たちのお守りには、いささかうんざりしていた。

ジョシーはパブ・サンドウィッチ(茶色いパンで大雑把に具をはさんだサンドウィッチ)を作り、玉ねぎのピクルスを添えて出してくれた。

僕が一緒にいて居心地が良かった、数少ない大人のひとりが彼女で、今でもやっぱりジョシーを恋しく思うんだ。

1979年に、ジョシーおばさんは薬剤とアルコールを過剰摂取し、オーバードーズのすえ、悲劇の人生に幕を下ろしてしまった。

程なくして、父さんは唯一の兄弟デイヴィも失い、― デイヴィもまた、アルコール依存症が原因だった ― それからメイおばさんも亡くなった。

父さんはひどく取り乱した。
この年はたった1年間で、父さんの家族のうち3人も埋葬することになったんだ。


デイヴィおじさんは、父さんに瓜二つだった。
ただ一つ異なっていたのは、デイヴィの怪我した目だけで、他はまったく同じ顔だった。

まだデイヴィが学生だったときに、作業用の足場が目に当たってしまったんだ。
目を怪我して以来、デイヴィはすっかり気を落としてしまい、自信を喪失してしまった。
そして、彼は亡くなるまで、父さんのために働いた。


僕はデイヴィと、奥さんのジャンおばさんの子どもたち、エマとリサの子守を勤めた。
おおよそ週末になると、僕はデイヴィ家に泊まって過ごしていた。
僕にとって、デイヴィ家はもうひとつの家族のようなものだったんだ。

ジャンおばさんは、美容師だった。
彼女は、僕をちゃんとしたジギー・スターダストの髪型にしてくれた。

流行雑誌から、ボウイの写真を切り抜いて、おばさんに手渡しながら僕は言った。
「きちんと切ってくれたら、この写真通りの髪型になるはずなんだ」

仕上がりは完璧だった。

てっぺんがツンツンしていて、耳周りは短く刈り込み、後ろが長い。
難を言うなら、髪の色がジギーと同じオレンジ色じゃなかったってこと。
学校ではみんなが僕を指さして笑った。


デイヴィおじさんが亡くなったとき、僕は本当に悲しくて、その事実を受け入れられなかった。
デイヴィとジョシーは、僕ら子どもたちにとって、家族同然の大事な存在だったから。


父さんは、決して酒に溺れることは無かった。
むしろドッグレースや、競馬でひと山張るのが好きだった。

父さんはキャットフォードか、ホワイトシティにあるドッグレースの競技場に、僕をよく連れて行った。

僕には結局、そのルールや楽しみ方は分からず仕舞いだ。
だけど父さんにとっては、ツイてさえいればスリルを楽しんでいた。

たまには運が向いて、ひと儲けできたかもしれない。
でも、今まで賭けた分の、元は取り返せなかっただろうね。

母さんは無駄遣いだと、父さんにぐちぐち小言をこぼしていた。

「この金は、俺が汗水たらして稼いだもんだ。何に使おうと勝手だろうが」
「あなたのお金は、私たち家族のお金よ」


土曜日の朝はいつも、父さんはブック・メーカー(賭け屋)に行って、ちょいと張ったあと、午後はテレビにかじりついて過ごしていた。

「負け馬だって分かってて賭けたんだ」
父さんは言う。

「人生なんて、そんなもんさ」

そして、母さんに笑いかけた。

「なあに、賭けたのはほんのちょっと、だけなんだよ、お前」

まあ、母さんにそんなウソは通用しないんだけどさ。


父さんは頭に血がのぼりやすい性格を、どうにかしようとしなかったように、ギャンブル癖が抜けないことについても、向き合わなかった。

だから、賭け事は土曜日だけのちょっとしたお楽しみにとどまらず、毎日のように手を出していた。

父さんの姿が見当たらないとき、母さんは決まって言った。
「父さんなら、チャーリーおじさんのところでしょ」

何年もの間、僕たちは『チャーリーおじさん』が、いったい何者なのか分からなかったが、ついに知るときが来た。

それはハイ・ストリートにある「チャーリー・ウェッブ私営馬券売り場」のことだった。


僕の兄弟たちはみんな、父さんを支えるために装飾業を手伝い、働いた。
(僕は自分を装飾する方が断然良い)

仕事の後は、父さんが賭け事をする間、賭け屋の前に腰を下ろしたり、バンの中で待っていたりするのが、一連の儀式となっていた。

賭け屋から出てくるなり、父さんは僕たちに声を掛けた。
「よし、行くぞ。母さんには何も言うな」




第五章 ここまで。